とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第107話 味が、する

 西遊記の放送は始まり、既に第四話までが放送された。

 第一話の視聴率は驚異の二十パーセント超え。

 このテレビ離れの時代に、とんでもない数字を叩き出していた。

 

 まあ、億単位の予算をつぎ込んだ豪華キャストと広告爆撃も大きいのだろう。

 

 公式チャンネルでの切り抜きショート動画も効果的な上に、ルナがインストに投稿しているオフショットも話題を呼んだ。

 なんなら、この前の現場で撮ったすっぴん状態の顔すら上げている。

 

 そのため、裏垢ですっぴんを晒されて炎上するという本人に非がない炎上は宣伝面での追い風となっていた。

 この調子ですっぴん状態の演技が出る第十話が放送されるのが楽しみである。

 

「それで……なんでこんな校舎裏に集まったわけ?」

「しょうがないだろ。休み時間になったらクラスメイトに囲まれて飯どころじゃなくなるんだから」

 

 第四話が放送された次の日。

 登校した俺と朝香は、いつものようにクラスメイトにもみくちゃにされた。

 サインが欲しいなんてのは可愛いもので、悟空と三蔵法師をやってほしいと言われるのは正直勘弁してほしいものだ。

 

「二人とも大人気じゃん!」

「私も一話から見てましたけど、悟空と三蔵法師の絆が感じられてすごく良かったです!」

 

 梨夢と郁は興奮したまま弁当を頬張っていた。

 

「うーん、まさか沙悟浄を女体化するなんて……斎藤ルナが謎の女ってなってたのはそういうことだったんだね。予想できたはずなのに、うぅ……悔しい」

 

 丸代はブツブツ呟きながら菓子パンを頬張っていた。

 前から思ってたけど、栄養バランスにはもっと配慮した方がいいと思うぞ。

 

「あら、池手さんなら気づくと思ったけど」

「うぐっ」

「まだまだね」

 

 朝香は丸代に対して、得意げな顔をしていた。

 何故お前がドヤるんだ。

 

「てかさ……朝香ちゃん、そのお弁当は何?」

 

 山盛りの茶色い弁当をもっきゅもっきゅと食べ進める朝香に、梨夢が頬を引き攣らせて尋ねる。

 

「何って、お弁当だけど?」

「高校球児のドカベンかよ」

 

 栄養バランスなんてレベルじゃない。

 なんでその食事量と偏りで、そのスタイル維持できるんだよ。

 

「役者は身体が基本よ。栄養バランスもサプリとかいろいろ取ってるから大丈夫」

「食事でバランス良く取れよ……」

 

 まさか、朝香がここまで大食いだったとは思わなかった。

 本当に俺は長い付き合いなのに、何も知らなかったんだな。

 

「そういう翼こそ、栄養効率重視のパサパサ飯じゃない」

「味に気を遣わなくていいなら栄養効率重視でいいだろ」

 

 味覚障害については、最近はまた医者に通い出して治療を再開した。

 将来的には仕事でグルメ番組の出演があるかもしれないし、可能性は広げておくに越したことはない。

 いつまでも騎志社長に頼り切りじゃいらないれないからな。

 

「あれ、みんなバッサーの舌ベロのこと知ってる感じ?」

「当然よ。あたしが知らないわけ……いや、知らなかったわ……ええ、長い付き合いなのに気づかなかった幼馴染よ、あたしは……」

「朝香さん、なんかネガティブになってませんか!?」

 

 味覚障害の話題になった途端、朝香がものすごい勢いで落ち込み始めた。

 そんなに気にしなくていいのに。

 

「ふむふむ……天才女優は以外と素はネガティブと……」

 

 落ち込んだ朝香を見て、丸代は目を輝かせてメモ帳に書き込み始める。

 端から見ていると、その行動はなかなかに畜生である。

 

「ちょっと、池手さん。うちのお父さんみたいなことしないでくれる?」

「お父さん?」

「あっ……ま、あなたたちならいっか」

 

 しまったとばかりに口を押さえた朝香だったが、俺たちを見回して肩の力を抜いた。

 

「あたしのお父さん、小説家なの」

「えっ、そうだったのか!?」

「ちなみに、お母さんはコスプレイヤーよ」

「コスプレイヤー!?」

 

 十年来の付き合いだが、初耳である。

 

「あー……まあ、二人とも有名だから、あまり言いたくなかったのよ」

 

 なんとも朝香らしい理由だった。

 自分自身の実力で評価されたい。

 努力にノイズが入って欲しくなかったのだろう。

 

「ちなみに、みんな慶明高校出身よ」

「OBだったのか……」

「前から思ってたんですが、この高校って有名人多くないですか?」

 

 郁がポツリと呟く。

 

「そりゃ芸能活動が許されてるし、創作活動も漫研にOB訪問で有名作家が来るからな。エンタメ系の才能がある人間は選びやすいんじゃないか?」

 

 俺と朝香は名前が売れているから例に挙げられがちだが、先輩にも俳優活動をしている人やアイドル、インフルエンサーだっている。

 慶明高校には、そういう人間が集まりやすいのだ。

 

 ちなみに、運動部はあまり強くない。

 これは神保町という都内の高校ということもあり、敷地が狭いせいでもある。

 

「でも、文芸部はないんだよねぇ」

「昔、お父さんが漫研に所属してた頃はあったみたいよ」

 

 気がつけば、すっかり朝香はみんなと打ち解けていた。

 長く一緒にいたのに、見たことのない怒った表情や間抜けな表情。

 それを見ていると、自然と心が温かくなった。

 

「そういえば翼君。お弁当のおかず少なくないですか」

 

 郁が俺の弁当を覗き込んで、眉を寄せた。

 

「栄養効率重視だからな。彩りより中身だ」

「うーん……よかったら、これ食べますか」

 

 郁は自分の弁当箱から小さな容器を取り出して、こちらへ差し出した。

 筑前煮だった。

 丁寧に面取りされた根菜が、きれいに並んでいる。

 

「これは郁のお母さんが?」

「いえ、うちは両親が共働きなので私が作ってます」

「マジか、すごいな。本当にもらってもいいのか?」

「どうぞ。お口に合うといいんですけど」

 

 箸でひと口、口に運んだ。

 次の瞬間、手が止まった。

 

 甘い。だしの風味が、舌の上にはっきり広がっていた。

 鶏肉の旨味と、根菜の土っぽい甘さが重なって、後からじわりと塩気が来る。

 温度と食感だけだったはずの世界に、輪郭がついていた。

 

「…………」

「どうかしましたか」

 

 固まってしまった俺を見て、郁が首を傾けた。

 

「バッサー? なんか顔色変わってるけど」

 

 梨夢が身を乗り出してくる。

 

「味が、する」

 

 声が思ったより低く出た。

 

「味覚障害、治ったの?」

 

 丸代が静かに聞いた。

 

「わからない。でも今、ちゃんと味がした。郁、もう一口くれ」

「ど、どうぞ!」

 

 もう一口食べる。

 甘さと塩気と、だしの香りが、また口の中に広がった。

 

「郁」

「は、はい」

「うまいぞ、これ」

 

 郁は目を見開いて、それから頬が赤くなった。

 俯いて、弁当箱の蓋をいじり始める。

 

「良かったです……本当に、よかった」

 

 梨夢が口元を押さえて、丸代がメモ帳を持つ手を止めた。

 朝香だけが、動かなかった。

 弁当箱を膝に乗せたまま、俺の横顔をじっと見ていた。

 

 その目が、どこか虚ろだった。

 長い沈黙の後、朝香は小さく息を吸った。

 

「み゛」

 

 そして、絶命寸前のセミのような声が、校舎裏の空気に溶けた。

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