とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第112話 宣戦布告

 打ち上げの会場は、赤坂にある老舗ホテルの大宴会場だった。

 

 扉を抜けた瞬間、空気が変わる。

 シャンデリアの光が、白いテーブルクロスの上で散っている。

 会場の中央にステージが設えてあり、その正面に〝西遊記 祝・クランクアップ〟と書かれた縦長の看板が立っていた。

 文字の両脇に金と赤の装飾が施されていて、それだけで今日という日の重さが伝わってくる。

 

 挨拶が一通り終わると、会場は歓談の時間に移った。

 グラスが重なる音と、笑い声が混ざり合う。

 南風原さんが脚本の高杉さんと何か喋っていて、伊本さんの周りにはスタッフが集まっていた。

 

 ふと、ルナの姿が見当たらないことに気づいた。

 テーブルを見回す。濃紺のドレスが、会場のどこにも見えない。

 

「朝香。ちょっとトイレ行ってくるわ」

「うん。いってらっしゃい」

 

 俺は朝香に一言断ってから席を立った。

 

 廊下に出ると、会場の喧騒が遠ざかった。

 絨毯の上を歩いて、突き当たりの方へ進むと、非常口の外の踊り場に人影があった。

 

 そこにいたのはドレス姿のルナだった。

 

 壁に背をつけて、膝を軽く抱えるような姿勢で座っている。

 手にはグラスを持っていたが、中身には手をつけていない。

 目が腫れているのは、涙の名残だろう。

 

「こんなところにいたのか」

 

 声をかけると、ルナは顔を上げた。

 

「あー、翼君」

 

 いつもの軽い調子だったが、力が抜けていた。

 疲れ切った顔で、それでも笑う。

 

「抜け出してるのバレたかー」

「心配した人間が何人かいるぞ」

「ちょっと疲れちゃってさー。外の空気吸いたくなったんだよねー」

 

 俺はルナの隣の壁に背をつけて、その場に立った。

 

 非常口は静かだった。

 会場の音楽が、壁越しに低く響いている。

 

「そういや、お前んとこのメンバー契約解除だってな」

 

 ルナの手が、グラスの上で少し止まった。

 

「ったく、バカだよねー。裏垢と本垢を間違えて投稿して、それで過去のやらかしも全部バレてさー。未成年飲酒なんてどこで覚えたんだかねー。あの感じじゃ、酔った勢いでアカウント間違えたっぽいでしょー」

「その結果、自分で焚き付けた連中に燃やされたわけか。皮肉なもんだな」

「そゆことー」

 

 ルナはグラスをゆっくりと傾けて、中身を一口飲んだ。

 

「なんか、あっけないよねー。あんなに苦しかったのに、終わり方はそれかって」

 

 恨み言ではなかった。

 本当に、あっけないと思っている声だった。

 

「怒ってないのか」

「怒ってるよ。めちゃくちゃ怒ってる。でも、それより先に空しい感じがしてさー」

 

 ルナは壁に後頭部をあてて、夜空を見上げた。

 

「朱代だって才能に胡坐はかいてたけど、努力してないわけじゃなかった。そうじゃなきゃNo.2になんてなれない」

 

 静かな声だった。

 そこには怒りと同時に、仲間を失った悲しみも混じっていた。

 

 だからこそ、俺はこの言葉を口にする。

 

「結果が出るまでやるのが努力だ」

「あー、朝ちゃんの口癖だー」

 

 その言葉に、ルナは楽しそうに笑顔を浮かべた。

 

「役者、続けるんだろ」

「うん」

 

 ルナは夜空を見たまま答えた。

 

「誰かさんに種火をもらっちゃったからね。今のメンバーが安定するまではエコドルに残るけど、ゆくゆくは役者の道に戻るよ」

 

 一拍置いてから、視線を夜空から外した。

 

「負けないよ」

 

 ルナは俺の目をまっすぐに見据えて告げる。

 メイクの下に隠れた三白眼が、真っ直ぐこちらを向いていた。

 

「おう、受けて立つ」

「演技だけじゃないよ」

 

 ルナの声のトーンが、少しだけ変わった。

 

「朝ちゃんのこともだよ」

 

 廊下が、静かになった。

 会場の音楽だけが、遠く流れている。

 

 ルナはそのまま、俺の目を見ていた。

 計算も演技も混じっていない、星井鳴だった頃と同じ真っ直ぐな目だった。

 

「好きなんでしょ」

 

 俺は少しだけ間を置いた。

 嘘をつく理由はなかった。

 

「ああ、好きだ」

 

 ルナは一瞬だけ目を細めた。

 それから、力が抜けたように笑った。

 

「だよねー」

「そういうルナはどうなんだ?」

「愚問だね、あたしも好きだよ。ずっと好き。大好き」

 

 あっさりと言い切った。

 隠す気が全くない言い方だった。

 

「私たち、意外と気が合うね」

「かもな」

 

 廊下に、二人の笑い声が重なった。

 

「み゛」

 

 そして、どこからともなく絶命寸前のセミのような声が聞こえてきた。

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