とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第115話 脳破壊される側視点 パート17

 あたしの名前は羽田朝香。

 つい先日クランクアップを迎えたドラマ西遊記で、三蔵法師を演じた女優だ。

 

「ナイト兄さん。話があるの」

「そんなに暗い顔してどうしたんだい? 西遊記も大好評じゃないか」

 

 社長室に入って切り出すと、ナイト兄さんは不思議そうな顔をする。

 

「今回の撮影で痛感したわ。あたしはまだまだ未熟だって」

「まあ、成長の余地はあるだろうけど……」

 

 ドラマ西遊記の撮影が始まる前からあたしは浮かれていた。

 翼がまた自分の隣に戻ってきた。

 同じドラマで共演できる。

 それを嬉しく思うだけならよかった。

 

「あたしは現場にプライベートな感情を持ち込んだ。プロ失格よ」

「うーん、たとえそうだとしても現場に影響はなかったんだろう? 現場からも、翼君からも、そんな話は聞いてないし」

「意識の問題よ」

 

 翼がルナとの恋愛描写があることに落ち込んだり、役同士の絡みに自分の恋心を介入させてしまった。

 それを演技の糧にしていい芝居をすれば問題はなかった。

 

 だけど、今回の三蔵法師で殻を破れた感覚はなかったのだ。

 自分の感情を最大限活かせなかった時点で役者失格だ。

 

「だから、とにかく仕事がしたいの」

「西遊記が終わるまで無茶なスケジュールで動いてたんだから休まないとダメだよ」

 

 あたしの訴えは、社長であるナイト兄さんに却下されてしまった。

 

「焦る気持ちもわかるけどね……ちなみに、どんな仕事がしたいの?」

「悪女の役で濡れ場があるのがやりたいわ」

「げほっ……けほっ!?」

 

 あたしの要求に、ナイト兄さんは激しくむせてコーヒーを零した。

 

「いやいや、朝香は未成年だからそういうのはできないよ」

「少しでも役の幅を広げたいのよ」

 

 あたしは今までいろんな役を生きてきた。

 

 両親を失った孤独な少女。

 歴史上の偉人の幼少期。

 街に現れた怪獣に怯える少女。

 盲目になってしまった読書家。

 聴覚障害を患ったピアニスト。

 落語家を目指す少女。

 余命半年と宣告されながら必死に生きる少女。

 肉体だけが若返ってしまった妻。

 AIが相棒の高校生探偵。

 陸上競技、水泳、テニス、その他スポーツ系全般。

 

 そして、三蔵法師。

 

 挙げればキリがないが、あたしが演じる役はいつだって全力でぶつかり、時には涙を流す主人公タイプの少女だった。

 

「だからって、濡れ場は無理だよ」

「じゃあ、あたしが十八になったあとのスケジュールに入れてほしい」

 

 濡れ場は一見、女優にとって嫌遠されるようなものに見えるかもしれないが、それは違う。

 演じる役の幅を広げるためにも、良い経験になるのだ。

 

「休暇後の仕事は……大きなもので言うと、〝劇場版 斬鉄飛翔セミブレード〟のゲスト声優、映画〝すみれサーカス団〟の番宣系、ドラマ〝神薙噺〟〝荒野のサンドリヨン〟の収録、Named Monsterの新曲MV出演、CANCANの表紙撮影、年末特番の収録、ラジオの収録、あとはCMが依頼が結構来てるね」

 

 オフの後なら思ったよりも仕事は入っているようだが、それも最低限のレベルだ。

 西遊記の撮影中が地獄のスケジュールだった分、減らされているとしか思えない。

 

「ところで、翼君と何かあったのかい?」 

「何も……何もなかったし、思うべきじゃないの」

 

 そう。翼とルナが付き合ったところで、あたしには何も関係ない。

 あたしが今更何かできるわけじゃない。

 だったら、せめて残った仕事を全力でやるしかないのだ。

 

「はぁ……こりゃ重症だね」

 

 ナイト兄さんは深いため息をついた。

 察しのいいこの人のことだ。

 あたしに何があったかも大体わかっているのだろう。

 

「猶更、今の君を仕事漬けにするわけにはいかないね」

「こういうときこそ仕事に集中させてよ。こういう行き場のない苦しい感情だって演技の糧になるの! この感情だって、仕事に使ってみせるわ!」

「また父親みたいなことを……」

 

 どんなに仕事をしたいと言っても、ナイト兄さんは首を縦に振らなかった。

 どうしてわかってくれないのか。

 

「仕事以外のことを考える時間も、役者には必要だよ」

 

 ナイト兄さんは、そこで少し間を置いて告げる。

 

「君の演技には心が欠けている」

「なん、ですって……!」

 

 ついカッと頭に血が上る。

 

「わかったようなこと言わないでよ! ナイト兄さんに何がわかるの!」

「僕も演技を囓ってた身だからね。君の問題点くらいはわかる」

 

 ナイト兄さんが大学時代からモデルを経由して俳優の道に進んだことは知っている。

 その後、彼は自分の実力を理解し、プロデュース側に進んだ。

 それ自体は立派な判断だと思う。

 

 あたしだってそのプロデュース能力に助けられてきた。

 だからこそ、ナイト兄さんにそんなことを言われるのは許せない。

 

「自分の芝居の限界を感じて途中で折れた人に、あたしの芝居の何がわかるの!」

 

 ナイト兄さんが、なんで芸能界に入ったのは理解できる。

 あたしとお父さんとお母さんは小説家とコスプレイヤー。

 ルナの父親はプロゲーマー、その他にも有名アーティストなど、錚々たる顔ぶれがナイト兄さんの高校時代の友人だった。

 

 自分だけクリエイター方面で何もないという焦燥感。

 それに加えてエンタメの世界で活躍する友人たちを見たことによる情景。

 顔が良くてコミュ力のあるナイト兄さんが俳優の道に進んだのも納得と言えるだろう。

 

「結果が出るまでやるのが努力よ。あたしの芝居に口出しするなら、結果を出してからにして!」

「……それを聞いて言い返せるのは翼君か活躍してるベテラン俳優くらいだよ」

 

 何故か暗い顔をしながらナイト兄さんは続ける。

 

「君は想像力と磨いた技術、そして心理を理解することで卓越した芝居を見せる。だけど、そこに人の気持ちはない。ただの再現なんだ」

「それの何が問題なの」

 

 あたしのメソッド演技のどこに問題があるというのだ。

 翼みたいに役に振り回されることはない。

 完璧にコントロールできている。

 

「人の気持ちを理解できない人間はこれ以上、上にはいけないよ」

「理解はしてる! だから、演じられるんじゃない!」

「心理と心は違う。学校の友達と、普通に過ごしてみなさい。ちょうど文化祭の準備期間に入るんだろ?」

「そんなもの必要ないわ! 普通の学生サンプルの収集は十分。ボーダーがわかれば、そこからいくらでも肉付けして演じられる。これまでだって演じてこれた!」

 

 それはあたしの出演した学園ドラマの視聴率と業界評価を見れば明らかだ。

 どうして、この人は自分の事務所の利益になるのにあたしをもっと使わないのか。

 

「朝香、君は……」

 

 あたしの言葉に、ナイト兄さんは表情を歪ませて告げる。

 

「役の幅を増やしたいのなら、ルナちゃん以外に本心から友達と呼べる人間を作りなさい。そうじゃなきゃ、当面の休みどころか、その後の仕事も考えなきゃいけない」

「み゛」

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