あたしの名前は羽田朝香。
長めの休暇を言い渡された女優だ。
ナイト兄さんの言葉がまだ頭に残っている。
『役の幅を増やしたいのなら、本心から友達と呼べる人間を作りなさい』
友達という言葉の意味と定義は知っている。
あたしが知っているコミュニケーションは、全部仕事の文脈で成立してきた。
共演者、スタッフ、マネージャー。
相手が好ましく感じる最適な自分を演じるだけ。
それがあたしの対人関係だった。
だったら、クラスで最も交友関係が広い人間を参考にすればいい。
鹿角さんの観察は、実はずっと続けていた。
観察すればするほど、多くの人間に好かれる理由が、理解できていく。
彼女の人格と思考パターンが理解できれば、あとは役を作って演じればいい。
それがあたしのやり方だ。
朝、登校しながら自分の中に作った鹿角さんを下ろしていく。
翼に声をかけた瞬間、顔が固まる。
悪くない反応だと思った。
驚かせるつもりはなかったが、リアクションから判断するにかなり完成度は高いらしい。
教室に入ってから、いくつか会話を試した。
不思議なことに、誰も違和感を覚えなかった。
髪色も顔立ちも違うのに、みんなが鹿角さんとして接してきた。
……うーん、そうじゃない。
これでは、鹿角さんの交友関係を借りているだけだ。
そうこうしているうちに、廊下に翼と鹿角さんが現れた。
ちょうどいいから二人を呼ぶことにした。
「あっ、いたいたー!」
鹿角さんと、あたし。
二人が鉢合わせた瞬間、周囲の空気が止まった。
あれ、ここで鹿角さんが現れれば、あたしだってわかるはずなのに、どうしてみんな戸惑っているのか。
どう動くべきか一瞬迷った。
鹿角さんなら、この状況でどうするか。
いや、そうじゃない。
あたしはどうすべきか。
「はい、ここまで!」
翼が手を打ち鳴らして、場の空気を引き受けた。
ここまでの流れをドッキリだということにしてくれた。
それから、あたしに目で合図を送ってきた。
その意図を読み取るのは、一瞬で済んだ。
「じゃじゃーん! ……みんなビックリしたかしら?」
徐々に鹿角さんを解除しながら、自分に戻っていく。
鹿角さんが大げさに叫んで、クラスが笑いに包まれた。
翼の判断は正しく、あたしの判断も遅くなかった。
その場はなんとか収めることができた。
それからクラスメイトたちが口々に感想を言い始める。
あたしはそれを聞きながら、今日初めて気づいたことを整理していた。
鹿角さんと勘違いされたということは、あたしが演じ過ぎていたということだ。
基礎に立ち返って完全な役作りを目指してしまったけど、鹿角さんに成ってはいけなかった。
声のトーンや話題展開、表情の作り方などのテクニカル・アクティングでの演じ方が必要だったのだ。
テクニカル・アクティングが苦手なわけではないが、あたしの場合役を下ろしたほうが身体に馴染むし、自然に表現ができるから採用してしまった。
つまり、友人を作るのに必要だったのは演技力の加減。
本当の友達を作るのなら、普段から友人たちに持たれている〝羽田朝香〟というイメージを崩しつつ、あたしっぽさを維持したまま親しみやすさを出さなければいけないということだ。
また一つ演技の糧になった。
「それは朝香ちゃんの演技がすごすぎるだけ!」
「なんか天才女優の演技が見れてラッキーだったかも!」
「そうだ。いっそ、文化祭の出し物を演劇にしない?」
「えっ、いいじゃんそれ!」
「見たい見たい!」
「うちのクラスには俳優二人もいるんだし、一位も獲れんじゃね?」
「いいね! 主演は任せて!」
気づいたら演劇の話に乗っていた。
せっかく、ナイト兄さんに普通の友達を作る様に課題を出されたのだ。
文化祭という場で、あたしの得意分野を使えばちょちょいのちょいである。
そんなことを考えていると、担任の教師が入ってきた。
「おー、文化祭の出し物決まったのか」
「はい! 演劇をやろうと思って」
「そうか。だったら、田中と凪野は出演できないから気を付けてな」
「み゛」