数日後、稽古中に丸代が俺に耳打ちしてきた。
「凪野君。ちょっといい?」
「どうした」
「朝香さんのこと……なんか、大丈夫かな」
視線を向けると、朝香は郁と台詞の確認をしていた。
端から見れば、普通に稽古しているだけだ。
「大丈夫じゃない何かがあったのか」
「いや、大丈夫なんだけど……なんか前に比べて違和感があって」
丸代はノートを胸に抱えたまま、眉をひそめた。
「稽古の合間に、他のキャストの子たちが雑談してるじゃない? 朝香さんも輪に入ってるんだけど……なんか、話を聞いてる顔してないんだよね」
「ああ、そういうことか」
朝香は基本的にクラスメイトのことを人として見てない。
自分の生活に支障が出ないように、当たり障りのない接し方をする。
それを入学当初から変わらず続けていたのだ。
「凪野君は気づいてたの?」
「気づいてたっていうか、学校での朝香はあのスタンスだからな。学校での朝香の顔に違和感を覚えたのは……たぶん、演技が絡んでるときは、素の自分で接してるからだろうな」
「あー、だからキャラブレしるように感じたのかぁ」
丸代はしばらく考えてから、静かに言った。
「ヒロインの参考になる……いや、ごめん。今はそういうことじゃなくて」
「丸代も相変わらずだな」
芝居と小説。畑は違えど、他人を糧にするため蔑ろにするところがあるのはこの二人の共通点と言えるだろう。
「普通を学ぶ、か……先は長そうだな」
稽古が終わった帰り道、俺は朝香と共に通学路を歩いていた。
「お疲れみたいだな」
「仕事に比べたら楽なものよ」
「そうじゃなくて」
言葉を探す間、朝香は台本の端を指で折って戻す、を繰り返していた。
無意識の動作だ。本人は気づいていない。
「あたしは大丈夫よ。稽古も順調だし、帆林さんをはじめ、みんなも伸びてる。何か問題がある?」
「問題があるから聞いてるわけじゃないけどな」
「じゃあ、何なの」
「なんとなく」
朝香は一拍置いてから、かすかに眉を上げた。
「なんとなくで、人の様子を確認しに来るの?」
「たまにはそういうこともあるだろ」
朝香は何かを言いかけて、やめた。
台本を膝に置いて、視線だけ窓の方へ向ける。
「ルナとは順調なの」
質問の意味がわからなかった。
順調と言われても、ルナとはたまにお互いの近況を報告し合うくらいで、芸能人としての友人関係としては良好といえるだろう。
炎上騒動も対象がルナから今田朱代に変わったことで、ルナ自身への攻撃は減った。
今はグループを支えるために奔走しているとといった様子だ。
「順調とは言い難いかもな。あいつも今は大変そうだし」
「……そう、なのね」
話が終わりかけたので、俺はもう一度口を開いた。
「何か気になることがあるなら言えよ。俺じゃ力不足でも、聞くくらいはできる」
「力不足とかじゃなくて」
「じゃあ、何なんだ」
「あなたには、関係ないわ」
きっぱりとした口調だった。
関係ないと言い聞かせているような響きが感じられる。
追及するのは違う気がして、俺はひとまず引いた。
「まあ、何かあったら言ってくれ」
「……言わないわ」
朝香が小さく鼻を鳴らす。
どこか拗ねているようなその表情が、俺の中で引っかかった。