本格的に文化祭準備期間に入った。
ここからは体育館ステージを使った練習も限定的にできるようになる。
クラスの中でもメインキャスト組は朝香にビシバシ扱かれていた。
「帆林さん! さっきから動きが鈍いわ! 頭バッカで考えて、演じようとするから役になれないのよ!」
「っ、ごめんなさい!」
すっかり朝香の怒号が飛び交うのがお約束になっていた。
その姿は、業界でも有名な厳しくも敏腕な演出家の姿を思い起こさせる。
朝香にとっては、プロだろうが、素人だろうが、心血注いで書かれた脚本には同じように、心血注いだ芝居で返すのが当然なのだ。
俺も適宜アドバイスをしたり、朝香を宥めたりしているが、演者との軋轢は広がるばかりだ。
「もう一度!」
朝香が手を叩くと、芝居が再開される。
丸代が書いた演劇脚本〝君と同じ星に生きる〟は、地球に潜入した宇宙人の少女が周囲の人間との出会いを経て人の心を知っていく物語だ。
はっきり言って、主人公の
それだけで、この脚本は朝香が主演をやることを前提として考えられていたことがよくわかった。
「私は普通になれない……」
「オレと、オマエ。コウシテ、ナニゲナイハナシをシテル。コレッテ、フツウじゃね?」
「ソウヨ! ワタシタチ、フツウのトモダチジャナイ!」
「あー、ダメダメダメ! 棒読みはともかく、カクカクした動きして、なんのつもり!?」
シーンを見ては、朝香がブチギレる。この繰り返しだ。
学生レベルの演劇とはいえ、黙っていられなくなってしまったのだろう。
「少しは落ち着いたらどうだ?」
「翼はこんなお遊戯会にも満たないクオリティで満足できるっていうの!?」
「朝香。言葉を慎め。プロのクオリティを演技未経験者に求めるなんて理不尽だろ」
「でも――」
「朝香が今怒ってるのは、みんなが下手だからじゃない。頭の中に完成形があるからだ。自分には見えてるから、相手にも見えてて当然だと思ってる」
朝香は不服そうに眉を寄せる。
「完成形を目指すのが最低限の義務でしょ」
「朝香は、そこに導けてないだろ」
「なっ」
さすがにカチンときたのか、朝香が俺を睨むが、俺は構わず続けた。
「今の朝香がやってるのは演出じゃない。答えを知ってる人間が、答えを知らない人間に怒鳴っているだけだ」
朝香の口が閉じる。図星だったのだろう。
体育館の中では、郁たちが気まずそうにこちらを見ていた。
「郁たちは役者じゃない。俺たちが教えてもらってきたやり方で同じように伸びるわけないだろ」
「でも、それ以外のやり方なんて……」
朝香は言葉に詰まる。本気でわからないのだ。
朝香は物心ついた頃から現場にいた。
俺やルナのようなやる気のあった人間は朝香の言った一アドバイスから十を汲み取る。
だから、きちんと身に着いた。
そして、朝香は自分がしてもらって成長したから同じように教えているだけのつもりなのだろう。
「朝香。ここは俺に任せてくれないか」
だけど、ここにいるのはプロの役者ではなく、文化祭を成功させたいだけの高校生たちなのだ。
「……わかった。翼に任せるわ」
振り絞るように告げると、朝香はフラフラと体育館を出ていく。
ずっと朝香は完璧な存在だった。
俺にとって憧れで、いつだって追い続けた背中が、ひどく小さく見えた。