朝香が学校を休んだ。
体調不良と連絡が入ったと担任から聞いたが、単純にそうとは思えなかった。
放課後、俺はルナに連絡を入れた。
[翼:朝香が今日体調不良で休んだ。何か知ってるか]
[ルナ:知らないけど、あの子が体調崩すなんてそうそうないよー。様子を見に行こっかー]
待ち合わせをして、二人で亀戸へ向かった。
ルナの住むタワーマンションと同じ棟だとは聞いていた。
「そういえば、同じマンションだったか」
「幼馴染だからねー。お父さんと朝ちゃんの両親、高校からの友達だしー」
エレベーターで上の階へ上がり、廊下を歩くと朝香が家族で住んでいる部屋の前に到着した。
インターホンを押すと、少し間があってから扉が開いた。
出てきたのは、小学生くらいの男の子だった。
よく見れば、目元が朝香によく似ている気がしないでもない。
「……誰ですか?」
男の子は、俺の姿を見て警戒を露わにする。
「
「ルナ姉!」
俺の後ろから現れたルナを見て、天太と呼ばれた男の子の顔がパッと明るくなった。
「この人は?」
「はじめまして、君のお姉ちゃんの同級生の凪野翼だ」
「……姉ちゃんの?」
天太君は俺をじっと見上げた。
警戒心と好奇心が半々といった顔だ。
「お姉ちゃんが風邪引いたって聞いて、お見舞いにきたんだ」
「あー……ごめんなさい。それ、たぶんズル休みです」
天太君は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「というか、凪野さんってもしかして――」
そのとき、廊下の奥からパタパタと足音がした。
「お兄、誰が来たの?」
顔を出したお下げ髪の女の子が、ルナを見た瞬間に固まった。
お下げ髪の子は朝香よりも丸みのある顔立ちの子だ。
「
「ルナちゃんだぁ! こんにちは!」
沙也加と呼ばれた女の子は一瞬だけ静止してから、廊下を全力で走ってきた。
ルナの腕にしがみついて、目を輝かせて見上げている。
「ルナちゃん、ルナちゃん! 一緒に遊ぼ!」
「はいはいー、あとでねー」
ルナはあっさりと受け流しながら、天太君の方へ視線を戻した。
「朝ちゃん、どこか行くって言ってた?」
天太君は少し考えてから、首を傾けた。
「新さんとこ、かも。たまに急にいなくなるとき、そこに行ってることあるから」
ルナが俺の方を見た。
「たぶん、千三郎さんのとこかな」
「あー……そういや、千三郎さんって朝香の師匠だったな」
長年続く時代劇〝散斬り新九郎シリーズ〟で、長年お茶の間に親しまれてきた大スターだ。
日本で一番有名な俳優は誰かと聞かれたら、多くの人が彼の名前を上げるほどに有名である。
朝香が子役時代に、新九郎シリーズに出演して共演したことがきっかけで、朝香は千三郎さんにちょくちょく演技を教わりに行っていた。
ちなみに、俺も共演経験はある。
昔は毎年夏にやっていたアニメ映画のゲスト声優としてだけど。
「そもそも、ご両親は?」
「父さんは映画の撮影現場への挨拶。母さんはゲーム会社との打ち合わせ」
「そんな状況で弟妹置いて師匠のとこ向かったのか、あいつは……」
ご両親は子供との時間を作る努力はしているらしいが、朝香はそういうことをするつもりはないらしい。
「寂しくないのか」
「まあ、ゲームしてれば別に」
「えぇ……」
俺たちよりも進んだデジタルネイティブ世代は、なんというかドライだった。
「あの、翼さん。違ってたらごめんなさい」
そう前置きすると、天太君は意を決したように尋ねた。
「も、もしかして、孫悟空ですか!」
「いや、もしかしなくても孫悟空でしょー……」
ルナが隣で呆れている。
ただ、俺にとっては嬉しい言葉でもあった。
それだけ素の俺と演じた孫悟空はかけ離れていた。
つまり、俺は孫悟空をちゃんと演じることができたということに他ならない。
「そうだよ……俺ァ、斉天大聖の孫悟空だ。よろしくな」
如意棒がなかったため、鞄から取り出した教科書を丸めて担ぎ、感情を呼び起こすアクションをする。
それにより、俺はすぐに悟空を演じることができた。
「す、すっげぇ! 本物の孫悟空だ!」
「えっ、悟空!?」
俺の演技によって、ルナにご執心だった沙也加ちゃんまでもが目を輝かせた。
「悟空、筋斗雲呼んで!」
「如意棒も見せて見せて!」
「あはは……参ったなこりゃ」
それから手持ちのもので何とか悟空を演じ、二人には満足してもらうことができるのだった。