気がつけば、戦いは白熱して遅い時間になってしまった。
「みんなは夕飯どうする?」
「スーパーイーツでいいんじゃないの」
朝香が当たり前のように告げる。
「いやいや、朝ちゃん。すぐそこに亀グリあるんだから、わざわざスーパーしなくてもいいでしょ」
朝香とルナの住んでいるタワーマンションには、大型商業施設が併設されている。
亀戸グリップ、通称亀グリ。
大型スーパーに鮮魚店、精肉店。
玩具店やアパレル、フードコートを始めとするファミリー層に向けた店が多く揃っている。
「俺も買い物なら付き合うぞ」
「ねぇねぇ! お姉ちゃんもいこ!」
朝香がため息を吐く。
「仕方ないわね」
渋々といった様子で、朝香は亀戸グリップへ向かうことを了承してくれた。
地下のスーパーに入ると、夕方の買い物客で賑わっていた。
「ひき肉、たまねぎ、パン粉、卵。あと付け合わせにジャガイモとにんじん、だよね?」
「うん。覚えてて偉いねー」
沙也加がルナに指を折りながら確認している。
ルナはかごを持ちながら精肉コーナーへ迷いなく向かった。
「やっぱ、ハンバーグなら合い挽きだよねー」
「詳しいんだな」
アイドル業で忙しいルナが料理できるのは意外だった。
レシピ通りに作るだけなら誰にでも出来るが、ルナの言い方は普段から料理している人間の言葉のように感じられる。
「料理は得意だよー。他のメンバーが料理下手だから私くらいは出来ないと個性が出ないからねー」
「仕事のためか。さすがNo.1」
「まーね」
それからも地下の大型スーパーでの買い物は続いた。
和気あいあいというより、ちょっとうるさい感じの買い物だったが、悪くなかった。
ジャガイモをかごに入れたあたりで、俺は朝香がいないことに気づいた。
「あれ、朝香どこいった?」
振り返ると、朝香がいつの間にかいなくなっていた。
マスクとキャップのせいで視界が狭くなってはぐれたのだろうか。
「ちょっくら探してくる」
三人に声をかけて来た道を戻ると、魚屋の前に朝香の後ろ姿があった。
スーパーとは切り分けられた独立した店で、鮮魚が並んでいる。
その前で足を止め、じっとラベルを確認している。
他の客が通り過ぎても動かない。目当てのものを見つけたときの、集中した静けさだった。
発泡スチロールのケースには、カワハギとウマヅラハギが横に並んでいた。
「カワハギ二尾と、ウマヅラハギ二尾ください」
「お刺身用ですか?」
「刺身用でお願いします。あと、肝は取りわけておいてください」
店員とのやり取りが、よどみなく済んだ。
頼み方が妙に板についていた。
魚を選んで、捌き方を指定して、肝の扱いまで一息で伝える。
何度もやってきた人間の頼み方だ。
「おーい、朝香」
声をかけると、朝香が振り返った。
「いつの間にいなくなったんだ。探したぞ」
「ごめんなさい。おいしそうなの見つけちゃって」
朝香はそれだけ言って、また店員の方に向き直った。
カワハギとウマヅラハギを、それぞれ二尾ずつ。
刺身用に捌いてもらい、肝を取り分けてもらっている。
大御所俳優のいる現場に子役の頃から出入りして、打ち上げや差し入れで鍛えられた朝香の味覚が、完全に酒飲み方向へ振り切れているのは知っていた。
前に食べてた唐揚げも居酒屋仕様の濃いめの味付けだったし。
しかし、今夜の食卓を囲むのは天太と沙也加だ。
小学生の弟と妹がいる夕飯に、魚の刺身と肝。
今夜の献立として選ぶかどうかは別の話だった。
「これ、どうやって食べるつもりだ」
「しゃぶしゃぶにして、肝醤油で食べるとおいしいのよ」
朝香はあっさり答えた。
おいしいものを選んだという認識しかない顔である。
「捌き終わったものを受け取ったら合流するわ」
「わかったよ……」
どこまでも弟妹たちと過ごす気はないらしい。
悪気は一切なく、そこには家族との時間を優先する選択肢がそもそも存在していなかった。