一通り作業も進み、クラスメイトたちの中では文化祭準備特有のガヤガヤ感が漂い始めていた。
「ねぇねぇ、バッサー!」
梨夢が駆け寄ってくる。スマホを持ったまま、画面をこちらに向けてきた。
「西遊記公式チャンネルで切り抜きまたバズってるよ!」
「おー、話題になってるのは嬉しいな」
ドラマ西遊記は、昨今のネット周りの広告効果を期待してU-Tubeでチャンネルを開設した。
そこではドラマの名場面をショート動画で公開したり、三蔵法師一行が主題歌に合わせて踊ったりしている動画を公開している。
コメント欄は演技やアクションへの称賛の声を書き込んだり、大喜利会場になっていたり、大盛り上がりだ。
「しかも今回はキスシーンだかんね! ルナぴとキスなんて羨ましいぞ、このこの~」
梨夢は盛大に声を上げてから、スマホを持ち直してスクロールし始めた。
「キスシーンってか、あれは演出上の人工呼吸だからな」
「そうだけど、No.1アイドルとのキスだよ! やっぱテンション上がってたんじゃないの?」
梨夢が冗談めかして肘で俺を突いてくる。
バズっている話題だからか、周囲のクラスメイトも自然と輪に入ってくる。
「実際さ、あれって台本通りだったの? なんかガチっぽかったんだけど」
「台本通りだぞ。まあ、カメラアングルは若干いじってたかもだけど」
「アイドルとのキスってどんな感じなんだ!?」
「感触を教えてくれ」
「ちょっと男子。キモイ」
気がつけば、大道具の担当をしているクラスメイトたちも寄ってきていた。
そんな中、朝香は黙々と作業を続行している。
うーん、これはよくないな。
「キスって言っても、演技の一部だぞ?」
「くっ、澄ましやがって!」
「本当は嬉しかったんだろ!」
血涙を流しそうな勢いで男子たちが絡んでくる。
これはいいパスを出してくれた。
「別にファーストキスってわけでもないからな。本当になんとも思ってないぞ」
「……え?」
その一言で、周囲が静まり返った。
「じゃ、じゃあ、バッサーのファーストキスは誰が相手だったの?」
梨夢が恐る恐る聞いてきたので、俺はゆっくりと辺りを見渡して全員の視線を誘導する。
「朝香だぞ。あれは演技じゃなかったけどな」
それから朝香に視線を固定してから告げた。
再び沈黙が落ちた。
よっぽど驚いたのか、梨夢の口が半開きになり、丸代が台本を床にばら撒き、郁が膝から崩れ落ちていた。
「まあ、事故みたいなものではあるんだけど」
「ちょっと待って、マッジでちょっと待って」
梨夢が両手を出して制止する。
「バッサーのファーストキスが朝香ちゃんなの」
「そうなるな」
「それって、つまり……」
梨夢が丸代と郁を交互に見る。二人とも、俺の方を見ていなかった。
その間にも、会話はクラス全体に広がっていたらしい。
「え、マジで?」
「朝香ちゃんと?」
「そういう関係なの?」
声があちこちから飛んでくる。
視線が自然と大道具スペースへ集まっていく。
「な、なななな、何を言って……!」
そこには顔を真っ赤にして動揺を露わにする天才女優の素顔があった。
基本的にポーカーフェイスの朝香だが、あのときと同じリアクションになっている。
予想通り、さすがの朝香もあの事故でのキスの話題は恥ずかしいようだ。
「み、みんな、ちがっ、あの、別にあたしと翼は付き合ってるわけじゃなくて! 頬にキスしようとしたら急に翼が振り向いちゃったから!」
「ほっぺにキス!?」
「やっぱり二人って……」
慌てて弁明する朝香だったが、朝香が慌てれば慌てるほどクラスは盛り上がっていく。
「朝香、昔の話蒸し返して悪かったな。まあ、子役時代の事故だよ」
「そ、そう、事故だから!」
よし、いい感じだ。
朝香の素の可愛いところがこれでクラスに知れ渡った。
動揺しているときの朝香の可愛さは世界一だからな。
感動が全てを塗り潰すの同様に、可愛いは全てを許容させる。
まあ、無茶苦茶やってしまったので、この後はちゃんとフォローしなくてはいけない。
「それに朝香と俺じゃ吊り合わないからな。付き合ってないのは本当だ」
「み゛」
フォローしたのだが、絶命寸前のセミのような声がクラス中に響き渡り、朝香は膝をついた。
「朝香ちゃん!?」
「大丈夫!?」
「どうしたの!?」
あ、あれ? 俺、何かミスったか?