それから一週間。
池手は毎日のように図書室にこもって小説を書き直していた。
俺が図書室に行くと、必ず池手がいる。
窓際の席でノートパソコンに向かい、真剣な表情でキーボードを叩いている。
「あ、凪野君」
視線が合うと、小さく手を振ってきた。
「冒頭、書き直してみたんだ。見てもらえる?」
「ああ、いいぞ」
池手はノートパソコンの画面を俺に見せた。
新しい冒頭は、ヒロインの人魚が水族館のイルカの餌をつまみ食いして主人公に怒られるドタバタシーンから始まっていた。
「お、いいじゃないか」
「本当!?」
池手は思わず声を上げ、慌てて口元を押さえた。
「最初にドタバタ感があって、キャラの魅力が出てる。これなら前よりは離脱されにくいと思う」
「良かった!」
池手は安心したように胸を撫で下ろした。
「タイトルも変えたんだ」
新しいタイトルは〝廃業寸前の水族館に人魚が迷い込んできたので、看板娘として雇うことにしました〟。
今どきのネット小説らしく内容がわかりやすい。
「いいと思う。何の話か一目でわかる」
あらすじも、簡潔に物語の魅力を伝えるように修正されていた。三行で、主人公の目的と物語の方向性がわかる。
「じゃあ、リメイク前の作品は削除して、これを投稿してみるよ」
「ああ、頑張れよ」
深呼吸をしてから池手は投稿ボタンを押した。
その数日後。
休み時間に、池手が俺の席に駆け寄ってきた。
「凪野君、凪野君! これこれ!」
池手は嬉しそうにスマホを見せてきた。
画面には、感想コメントが並んでいる。
[人魚ちゃんが可愛い! 続きが気になります!]
[つまみ食いのバツとしてイルカショーにだそう]
[主人公がクソボケすぎるwww]
閲覧数も、前の作品とは比べ物にならないほど増えていた。
「初めて。初めて感想もらえた」
よく見てみれば、眼鏡の奥の瞳が潤んでいる。
「良かったな」
「凪野君のおかげだよ。ありがとう」
嬉しそうに笑う池手を見て、俺も嬉しくなった。
俳優としての経験が、別界隈の人の役に立つ。
それが不思議と嬉しかった。
数日後の放課後、また図書室で池手と会った。
「凪野君! また相談があるんだけど」
池手は少し緊張した様子で、両手を膝の上で握りしめている。顔が少し赤い。何か言いづらいことでもあるのだろうか。
「どうした?」
「人魚の小説、おかげさまで順調でさ。次の作品を書こうと思ってるんだ」
「元々リライト作品だもんな。次はどんなの書くんだ?」
「今度は、芸能界の話を書きたいんだ」
池手は真剣な表情で俺を見た。眼鏡の奥の瞳が、いつもより輝いている。
「なんでまた芸能界なんだ」
「凪野君の話を聞いて、すごく興味が湧いて。子役の世界とか、撮影現場の裏側とか、全然知らない世界だから」
池手はノートを取り出して、ペンを構えた。ページを開く音が、静かな図書室に響く。
「アドバイスもらった上にこんなこと頼むのは、厚かましいとは思うんだけど……芸能界を題材にした小説が書きたいから、当時の話を聞かせてくれないかな?」