朝香が貧血気味になるトラブルはあったものの、数日が経ち朝香はクラスメイトたちに受け入れられるようになった。
素の表情が見えたことで親しみやすさが増したからである。
「ねえねえ朝香ちゃん、お昼何食べたの?」
衣装のチェック中、女子の一人が何気なく尋ねた。
「塩昆布と大葉のサバ缶バタポン炒め丼と唐揚げだけど……」
「えっ、何それ初めて聞いたんだけど!」
「女子高生の弁当じゃないでしょそれ」
周りの女子たちがどっと笑う。
朝香はきょとんとした顔で首を傾げていた。
「別におかしなものじゃないでしょ。おいしいのに」
「いや、おいしいのはわかるけど! 完全に舌がおじさんなんだって!」
「あたしの味覚に文句をつけるなら、あなたも一度食べてから言いなさい。おいしくて飛ぶわよ」
むっとした顔で言い返す朝香に、女子たちはますます笑いを深めた。
以前の朝香なら、こういう茶化され方をされた瞬間、作った笑顔だけを残して線を引いていた。
今は違う。
本気でむくれて、本気で言い返している。
「朝香ちゃんって、テレビで見るよりよっぽど面白いよね」
「面白いって何よ。バラエティー番組でそんなに笑い取れた記憶はないわ」
「そうじゃないよ、普通に褒めてるんだって!」
衣装の裾上げをしていた別の女子が、針を持ったまま笑いながら口を挟む。
「あたしって……面白かったの?」
「あははっ、そんな迫真の真顔で言うことじゃないって!」
「朝香ちゃんって、ホント面白いね!」
その一言に、女子たちがまた笑う。
朝香もつられるように、口元を緩めていた。
演技ではない、素の笑い方だった。
うん。結果オーライというやつだ。
これで朝香はクラスに馴染めたといえるだろう。
朝香には芸能人だからこそ演技に厳しい怖い人という印象がついてしまっていた。
それを小学生の頃のキスの話で恥ずかしがる可愛い子という印象でギャップを見せた。
あとは普通に接していれば、朝香がどこかズレたおかしい子という素の面が見えてくる。
天太や沙也加たちと軋轢を生んでいたズレも、クラスメイトの程よい距離感ならただの天然ちゃんで済む。
同じ行動でも、印象一つで見え方は変わってくる。
どうやら、社長からの頼まれごとである朝香のフォローは無事に完遂できそうだ。
……何故か女子からの俺への風当たりは強くなった気がするが。
体育館の隅では、大道具班が最後の仕上げにかかっていた。
丸代の脚本に合わせて作られた宇宙船の操縦席だ。
銀色のカラースプレーで塗られた段ボールに、ペットボトルの蓋を並べてスイッチに見立てている。
塗料の匂いがまだ少し残っていて、遠目から見ればちゃんとそれっぽく見えた。
「おお、完成した!」
男子の一人である高橋が両手を上げる。
「よっしゃー!」
「艦長! 敵影です!」
「なにぃ!? 総員、戦闘配置!」
操縦席に飛び乗った高橋が、ガムテープの芯をマイク代わりに叫ぶ。
周囲から笑い声が弾けた。
文化祭の熱に当てられたのか、ノリが小学生まで戻っている。
「いや、ガムテが通信機ってどうなん?」
「細かけぇことはいいんだよ!」
「右舷被弾!」
「うわあああ!」
別の男子の井上が大げさに床へ転がり、笑い声がさらに広がる。
準備の疲れを冗談で押し流そうとする、いかにも文化祭らしい空気だった。
「ちょっと男子ー! 壊れたらどうすんの!」
女子の一人である佐々木が声を上げた。
「大丈夫大丈夫、気ぃ付けてるから」
「気を付けてるって、さっき乗ったじゃん」
「全然平気だって」
高橋が笑いながら受け流す。
佐々木の顔に、ジワジワと苛立ちが滲んでいく。
「本当に壊れたらどうするの。みんなで作ったんだよ」
「わかってるって」
「わかってないじゃん!」
佐々木の怒りのボルテージが一段上がった。
周囲の笑いが、少しずつ引いていく。
「なんで女子ってすぐそういうこと言うかねぇ」
「そういうことって何が」
「細かいんだよ。楽しくやってるだけじゃん」
「楽しければ何してもいいわけ?」
言葉が、二人の間でぶつかり続ける。
止める声も上がらない。
気づいたら、俺は別の作業に集中していた。
バキャ、と鈍い音が体育館に響いたのは、その直後だった。
振り向くと、操縦席が傾いている。
足を取られた高橋が体勢を崩し、支えようとした手が段ボールの端を引っ張っていた。
宇宙船が、ゆっくりと倒れ込もうとしていた。
その先に、佐々木が立っていた。
「っ!」
一歩分だけ間に合わなかった。
段ボールの骨組みが、佐々木の腕をかすった。
大したことのない衝撃のはずだったのに、佐々木が短く声を上げて腕を押さえる。
「痛っ……」
倒れた宇宙船の横で、朝香が膝をついていた。
よく見ると、佐々木の前に割り込む形で、朝香がしゃがみ込んでいる。
不安定な体勢で手のひらを床についていて、どう見ても手首を捻っている。
「朝香ちゃん……!?」
「大丈夫。大したことないわ」
立ち上がった朝香の声は平坦だった。
おそらく、脂汗を引っ込めて心配をかけないようにしているのだろう。
「大したことあるって!」
慌てて梨夢が駆け寄って、朝香の手を覗き込む。
朝香は静かにその手を引いた。
「朝香。保健室行くぞ」
「このくらい何とも――」
「はぁ……仕方ない」
俺は強引に朝香を抱える――いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
「ちょっ、翼!? おろして! 一人で歩けるからぁ!」
背後で女子から黄色い声が上がった。
よし、これで壊れた空気は緩和されるだろう。