とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第148話 クラスメイトからの気遣い

 文化祭開場まで、あと一時間を切っていた。

 衣装の最終確認も終わり、大道具の搬入も済んで、教室の空気がどこか落ち着き始めていた。やることをやり切った人間だけが持つ、静かな充足感が漂っていた。

 

「ねえ、ちょっといい?」

 

 梨夢が俺と朝香を交互に見ながら言った。

 その後ろには、吉田や他の数人がつき従っている。

 

「あのさ、二人に言いたいことがあって」

「どうしたの?」

 

 朝香が先に応じた。

 

「ここからは私たちでやるから、二人は文化祭楽しんできてほしいんだよね」

 

 思いもしない言葉に面食らった俺は言葉を探した。

 

「いや、まだやることが――」

「ないよ」

 

 梨夢はきっぱりと言い切った。

 金髪の奥からターコイズが覗いて、その揺れがやけに落ち着いていた。

 

「衣装も大道具も確認したし、動き合わせも終わった。これ以上は当日にならないとわからないことばっかりだから、二人がいてもすることない」

 

 吉田が肩をすくめながら続けた。

 

「むしろ、二人がいると気ぃ遣っちゃうんだよな。本番前くらい、俺らだけでわちゃわちゃしたいっていうか」

「そういうこと」

 

 梨夢は屈託のない、真正面からの笑顔を浮かべる。

 

「いっぱい動いてもらったし、本番は任せてよ。その分、二人は楽しんできて」

 

 朝香は黙っていた。

 何か言いかけた気配だけが、表情の端に残った。

 役者として現場に居残る理由を、頭の中で探しているのが傍から見ていてわかった。

 

「朝香さん」

 

 郁が前に出てきた。緊張しているのか、いつもより姿勢が一段いい。

 

「私から一つだけ、言わせてください」

「……ど、どうぞ」

「今日ここまで来られたのは、朝香さんのおかげです」

 

 郁は朝香をまっすぐ見ていた。

 その視線には迷いがなかった。

 

「自分の解釈を信じます」

 

 郁は一度だけ息を吸った。

 そして、思いのたけを言葉に乗せる。

 

「だから今日は、私たちに任せてください。朝香さんが作ってくれたものを、ちゃんと舞台に乗せますから」

 

 誰も口を開かなかった。

 廊下の向こうから吹奏楽部の音が届いてきて、それがまた遠くなる。

 朝香は郁を見ていた。

 何かを確かめるような目で、それでいて言葉を持て余しているような間があった。

 やがて、肩から力が抜けるのが見えた。

 

「……わかった」

「本当に?」

「しつこいわよ」

 

 朝香の声に、僅かに笑いが混じった。

 

「やったー! じゃあ二人で行ってきて! バッサーもよろしくね!」

「俺も追い出し対象かよ」

「バッサーだけ残しても意味ないでしょ」

 

 あっけらかんと言い切った梨夢に、周囲から笑い声が上がった。

 廊下に出ると、文化祭の喧騒が遠くから届いてくる。

 他のクラスからの声や、吹奏楽部の演奏が混ざり合って、空気全体がいつもと違う温度を帯びていた。

 隣の朝香は、前を向いたまま口を開かなかった。

 

「行くか」

「行くってどこに」

「どこでもいいだろ。せっかくの文化祭なんだ。楽しまなきゃな」

 

 朝香はしばらく前を向いたまま、それから小さく口を開いた。

 

「みんな、ちゃんとやれるかしら」

「やれるよ」

「根拠は?」

「お前が言ったんだろ。本番はいいものになるって」

 

 朝香は何も言わなかった。

 歩く速度が、ほんの少し落ちた。

 

「……それも、そうね」

 

 それだけ言って、また前に向き直った。

 二人分の足音が、廊下の喧騒に溶けていった。

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