とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第149話 文化祭デート その1

 普通の青春を知る。

 それは非日常を生きる俳優にとって貴重な経験だ。

 特に朝香は子役時代から芸能界を生きてきた。

 

「回るって行っても、どこに行ったらいいのかしら」

 

 当然の疑問だと思った。

 子役時代から現場と稽古場を往復してきた朝香に、文化祭の回り方なんてわからないだろう。

 

 俺だって胸を張れるほど経験があるわけじゃないが、中学のときに普通の生徒として参加している。

 ここは俺がリードする場面だ。

 

「エスコートは任せてくれ、お嬢様?」

 

 軽く執事の芝居を乗せて言うと、朝香は一拍置いてから口元を緩めた。

 

「あら、お願いできるかしら」

 

 細い指先が、俺の掌にそっと乗せられる。

 それだけのことなのに、鼓動が少し早まった気がした。

 文化祭の熱気は、校内の隅々まで染み渡っていた。

 

 教室の扉が開くたびに別の匂いと声が飛び出してきて、廊下を行き交う生徒たちの顔がどれも浮き足立っている。

 朝香はそれを、観察するのとも楽しむのとも違う目で眺めていた。

 どう処理すればいいか、まだ決めかねているような顔だった。

 

 一階の渡り廊下に出たところで、タピオカミルクティーの屋台が目に入った。

 別のクラスが出しているらしく、手書きのポップが柱に貼りつけてある。

 

「とりあえず、タピオカでも飲むか」

「とりあえずで飲むものなの?」

「そう変なもんでもないだろ」

「別に変とは言ってないわ。ただ――」

 

 朝香は屋台の列を眺めた。

 

「一時期、すごく流行ったじゃない。あの頃は縁がなかったのか、全然飲めなくて……なんとなく、乗り遅れた気がしてたのよ」

「じゃあ、ちょうどいい」

 

 二人分を買って、日当たりのいい渡り廊下の端に並んで立った。

 朝香はカップを両手で持って、太いストローを少し見つめてから口をつけた。

 

「今さら過去の流行りに乗るのも妙な感じね」

「流行りに乗るんじゃなくて、文化祭を楽しんでるだけだろ」

「それもそうね」

 

 朝香はもう一度ストローに口をつけた。

 ミルクティーが上がってきて、その後からタピオカが続く。

 次の瞬間、朝香の目が丸くなった。

 

「み゛……っ、けほっ」

 

 勢いよく上がってきたタピオカが喉に当たったらしく、朝香は口元を手で押さえてげほげほと咽た。

 カップを持つ手が小刻みに揺れている。

 

「大丈夫か」

「げほっ、ちょ、けほ……な、なんで急にこんな勢いよく」

「詰まってたタピオカが強めに吸われて飛び出してきたんだろ」

「そんな説明はいらないわ、げほっ」

 

 目に薄く涙が浮かんで、朝香は袖口で目元を押さえた。

 それからストローを見て恨めしそうな顔をした。

 

「乗り遅れた理由がわかった気がするわ」

 

 笑いが込み上げてきて、俺は堪えきれなかった。

 声を立てて笑うと、朝香が睨んでくる。

 

「笑わないでよ」

「悪い悪い」

「……もう」

 

 口を尖らせながらも、朝香は今度は慎重に、ゆっくりと、もう一度カップに口をつけた。

 タピオカが静かに上がってくる。

 無事に飲み込んで、朝香は小さく息をついた。

 

「でも、おいしいわ」

 

 悔しそうに言うので、また笑いそうになった。

 渡り廊下の向こうから、どこかのクラスの出し物の声が届いてくる。

 風が吹いて、朝香の髪が少し揺れた。

 

 普通の青春が、タピオカで咽る天才女優の顔にちゃんとあった。

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