縁日コーナーを一通り回って、校舎の外に出ると、遠くから音が届いてきた。
ベースの低音が地面を通じて足裏に伝わってくる。
ドラムのリズムが空気を叩いていて、その上にギターが乗っかっている。
「なんか、すごい人だな」
屋外ステージの方角を見ると、校庭の端まで人の頭が埋まっていた。
整理券も事前に配布されているらしく、グラウンド中に入れる状況ではない。
朝香も人垣の向こうに目を凝らしている。
「OBのバンドが来るって聞いてたわ。ほら、Named Monsterって知ってるでしょ」
「マジ!? ネーモンってここのOBだったのか!?」
知っているどころか、知らない人間を探す方が難しいくらいの人気バンドだ。
メジャーデビューからオリコンでランキング首位常連、去年は海外ツアーもやっていた。
最近では、ネット番組で自分たちの冠番組を持っているほど人気のグループである。
ステージの方から、歓声が上がった。
マイクを持って立っているのが遠目にも見えた。
「
ギターボーカルの佐藤愛美麗。
圧倒的なギターの腕前と抜群の歌唱力が特徴的な令和を代表するアーティストの一人だ。
ちなみに、アフロディーテは本名らしい。
「Mスタの出演被ったことないの?」
「Mスタ出たのは一回だけだからな。〝僕んち冒険たい〟も擦られ過ぎてあの人たちと並べるには分不相応だったし……」
俺も〝僕んち冒険たい〟で当たったときは多くの音楽番組に呼ばれたものだったが、共演することはなかった。
「ふーん……もしかして、翼。ファンなの?」
「まあ、新曲のMV出る度にプレミア公開リアタイする程度にはな」
「めちゃくちゃガチじゃない」
「ちなみに、ファンクラブには入ってるけど、一度もライブのチケット取れたことはない」
「えっ……なんかごめん」
何故か朝香が気まずそうに謝罪してきた。
「あたし、その、伝手があって、毎回行ってる……」
「マジで?」
まあ、朝香くらいの大物だとそれぐらいの伝手があってもおかしくはない。
最近ポンコツ過ぎて忘れているが、朝香は世間的には子役時代から消えずにここまできた天才女優なのだ。
音楽業界でもそういう伝手があるのは、別に不思議ではなかった。
「あの人、お父さんとお母さんの元同級生で友達だから」
「全然仕事関係ないやつだった」
業界どころか、めちゃくちゃ親の伝手だった。
「なんならナイト兄さんも友達よ?」
「マジでなんなんだよ、朝香の親の世代。奇跡の世代かよ」
「ぷっ、くくっ……あたしたちが言えることじゃなくない?」
吹き出した朝香は普通の女の子のように笑うと、目尻から涙を拭って告げる。
「あたしは芸歴で言えばちょっと上だけど世代は一緒じゃない? ルナはトップアイドルで、翼も西遊記で再ブレイクした。日比野君はアクション俳優として売れてるし、川越さんは人気アニメで主演をバンバンやってるみたいよ。あたしたちの世代だって負けてないわ」
「そう考えると、劇団クロッカス出身者ヤバイな……」
道は少しだけ違うかもしれない。
それでも各々が自分の芸を磨き、道を歩んで行っているのは同期として誇らしいことだと思う。
「そういえば、セミブレードのアニメって川越さんが主役やってるのよね」
「そうそう。あいつ、初主演が魔法少女だったからビックリするけど、少年声も合ってるよな」
「あたしはビックリしなかったわ。だって、川越さんの地声は低いから本来のポテンシャルが発揮できるのは少年声だと思っていたもの」
「どこでマウント取ってるんだよ」
遠くから聞こえてくるNamed Monsterの曲をBGMに、俺たちは昔話に花を咲かせた。
不思議だった。
子役時代も演技論で語り合ったり、勝負をしたりしたこともある。
だけど、そのときはこんなに穏やかな気持ちで朝香と話せなかった。
今はただ、幼馴染の女の子と楽しく話している。
それが、心地良かった。
「相変わらず、歌うまいわよね」
「ああ、聞いてるだけで元気がもらえるよ」
両親が離婚して、芸能界でも居場所がなくなりどん底にいたとき、何度彼女の歌声に元気づけられたかわからない。
「ここまで届くのは純粋にすごいわ。場所にも、心にも」
朝香の目は、ステージの方へと向く。
「役者とは違う種類のすごさね」
「比べる気はないのか」
「比べたって意味ないでしょ。あの人にはあの人の表現があって、あたしにはあたしの表現がある」
淡々とした言い方だったが、声に棘はなかった。
歓声が一段大きくなった。
曲が終わったらしい。
拍手の波が人垣の向こうから押し寄せてきて、それが引いていく。
「文化祭とはいえ、近くで見たかったかもね」
朝香がポツリと言った。
「今からでも入れるか見てみるか?」
「無理でしょ、この人数。それに――」
朝香は人垣の端に目をやった。
スマホを掲げて撮影している生徒が何人もいる。
「あたしたちが中に入ったら、もっと大混雑になるわ」
それは間違いなかった。
「だったら、ここでいいか」
「そうね」
朝香は俺の隣に並んで、人垣の向こうのステージを見た。
次の曲が始まった。
ベースラインが地面から上がってきて、ドラムが続く。
声がまた届いてきた。
人垣の外で聞いていただけでも、十分だと思った。