とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第154話 これが、あたしだから

 曲が変わる。

 イントロだけで歓声が一段大きくなった。

 人垣の向こうは見えない。

 それでも演奏だけで誰もが盛り上がっていることは伝わってくる。

 

「次、どこ行く?」

 

 俺が聞くと、朝香は視線をステージへ向けたまま考え込む。

 

「そうね……甘いもの食べたい、かな」

 

 わたあめの屋台を見つけて二人分を買った。

 透明な袋から取り出すと、ふわふわとした白い綿が風に揺れる。

 朝香は一口だけ齧って、目を丸くした。

 

「思ったより甘いわね」

「そりゃ、わたあめだからな」

 

 クスッと笑いながら、もう一口食べると頬に白い綿が少し付く。

 指で取ろうとして上手く取れず、俺が指差すと朝香は照れくさそうに袖で拭った。

 

「……あまりジロジロ見ないで」

「見られるのが仕事の芸能人が何言ってんだか」

「それとこれとは別なの」

 

 そう言って笑った朝香の笑顔は、どこか落ち着かない様子だった。

 歩きながらも視線が何度か体育館のある方へと向く。

 それから、また俺の方へ戻ってくる。

 戸惑っているような視線だった。

 

 文化祭を楽しんでいないわけじゃない。

 むしろ、今日一日で一番楽しそうに笑っている。

 それでも、心の全部がここにあるわけじゃない。

 

「朝香。気になることでもあるのか」

 

 聞くと、朝香は少しだけ足を止めた。

 わたあめを見つめたまま、小さく首を振る。

 

「気になることなんてないわ」

「そうか?」

「今日はすごく楽しいもの」

 

 その言葉に嘘は感じなかった。

 文化祭を回って、タピオカを飲んで。

 お化け屋敷で怖がって、縁日ではしゃいで。

 

 どれも朝香にとって初めての経験だった。

 本当に楽しんでいるのは、俺にもわかる。

 

 しかし、朝香はわたあめを一口食べるたび、どこか別の場所へ意識が向いているように見えた。

 ふいに、体育館の中から拍手が聞こえた。

 

 どこかの発表が終わったらしい。

 その音に、朝香の肩がぴくりと動く。

 視線だけが自然と体育館の方へ流れた。

 

 そこでようやく気付いた。

 朝香が見ていたのは体育館じゃない。

 クラスのみんなが、今頃どんな顔で過ごしているのか気になって仕方ないのだ。

 

「……様子、見に行くか?」

 

 俺が何気なく言うと、朝香は驚いたように顔を上げた。

 

「もしかして、顔に出てた?」

「俺でなきゃ見逃しちゃうね」

 

 冗談めかして言うと、朝香は困ったように笑う。

 

「何それ」

 

 しばらく、わたあめを手に持ったまま何も言わなかった朝香だったが、体育館の方から拍手が届いてくるたびに、視線がそちらへ流れる。

 

「行ってこいよ」

「……せっかく文化祭を楽しんでたのに」

 

 朝香は、迷っているようだった。

 楽しんでいた時間を手放すことへの、かすかな躊躇い。

 

「それでも選ぶから意味があるんじゃないのか」

 

 朝香は唇を一度結んだ。

 わたあめを手に持ったまま、体育館の方を見た。

 

「……そうね」

 

 それから、ゆっくりと俺の方へ向き直った。

 

「これが、あたしだから」

 

 言い切ってから、少し照れくさそうに目を逸らした。

 

「文化祭をちゃんと楽しんで、クラスのみんなのことも気になって、演劇の出来が心配で仕方ない。そういうのが全部まとめて、あたしの〝普通〟なの」

 

 俺はその言葉を聞いて、自然と笑っていた。

 

「な、なによ」

「いや、やっぱり朝香は格好良いなって思ってさ」

「自分だけわかった面して……後方幼馴染面も大概にしなさい」

 

 朝香は頬を膨らませたが、すぐに体育館の方へ歩き出した。

 その後ろ姿を見送って、俺はわたあめの残りを口に放り込む。

 甘さが、舌の上で広がった。

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