とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第156話 緊張を吹き飛ばす言葉

 俺は体育館へ向かって走り出した。

 

 裏口から飛び込むと、舞台袖はまだ落ち着いた空気だった。

 キャストたちが小声で台詞を確認し合い、大道具班が最後の位置合わせをしている。

 緞帳の隙間から、誰かが客席を覗いていた。

 

「うわ……」

 

 短い声が漏れる。俺もつられて、隙間から中を見た。

 パイプ椅子はとっくに埋まっていて、後ろの立ち見スペースまで人が並んでいる。

 開演を待つざわめきが、想像していたよりずっと分厚かった。

 

「なんか、思ったより人多くね……?」

「他学年からも見にきてるみたいだよ」

 

 丸代が青い顔で言う。

 脚本担当という立場が、余計にプレッシャーになっているのだろう。

 

「大丈夫だって、みんなここまでちゃんとやってきたんだからさ」

 

 梨夢が明るく言うものの、その声にもいつもほどの張りはなかった。

 

 郁は舞台袖の壁に背をつけて、何度も深呼吸を繰り返している。

 佐光は台本を開いたまま、同じページを何度も目でなぞっていた。

 誰も口には出さないが、緊張が舞台袖の空気を重くしていくのがわかった。

 

「こんな人数の前でやるなんて、思ってなかった……」

 

 誰かが小さく呟いた声が、輪の中に落ちる。

 それに引っ張られるように、何人かの顔が強張っていくのがわかった。

 

「大丈夫よ」

 

 声がして、振り向くと朝香が立っていた。

 

「大丈夫って……」

「客の数のこと。緊張してるんでしょう」

 

 朝香はゆっくりと輪の中へ入っていく。

 

「人数が増えたところで、あなたたちがやることは変わらないわ」

「でも、緊張しちゃうよ……」

 

 不安そうな丸代に、朝香は真っ直ぐ向き直った。

 

「池手さん。あなたが書いたのは、客席の人数で内容が変わる話じゃない。累が、剛志が、千代が、ちゃんと生きてるから伝わる話でしょう」

 

 丸代が、はっと顔を上げる。

 

「あたしがみんなに教えられなかったこと、今更だけど言うわ」

 

 朝香は舞台袖に集まった全員の顔を、一人ずつ見た。

 

「観客が見てるのは、あなたたちじゃない。あなたたちが板の上で生きる役よ」

 

 静かな声なのに、その声はよく響いた。

 怒鳴っていたときの朝香とは、まるで別人だった。

 

「郁。あなたの累は、客が千人でも一万人でも、この短い夏の中にいる。あたしが保証する」

「……はい!」

 

 郁の声が、はっきりと返ってきた。

 

「吉田君も、佐光さんも。今さら人数に気を取られなくていい。あなたたちの芝居は、もうそこまで育ってる」

「お、俺たち……」

 

 吉田の声が、少しだけ震えていた。

 

 朝香は最後に、輪の一番外側にいた音響担当の男子にも目を向けた。

 

「あなたも、いつも通りに合図出すだけでいい。特別なことは何もしなくていいの」

「わ、わかりました!」

 

 輪の中の空気が、少しずつ変わっていくのがわかった。下を向いていた顔が、一つ、また一つと上がっていく。

 

「よし、やろう!」

 

 高橋の声を皮切りに、あちこちから返事が上がった。

 

「大丈夫だ、俺ら、ここまでやってきたんだから!」

「うん……できる、気がする!」

 

 誰かが笑って、それにつられてまた誰かが笑う。張り詰めていた空気が、本番前の高揚に塗り替えられていく。

 

「結果が出るまでやるのが努力。だから、今日出す結果はあなたたちのものよ」

 

 朝香が短く言い切ると、丸代が涙目のまま何度も頷いた。

 

 そして、開演のベルが鳴った。

 

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