舞台の一角に、街灯を模したスポットが灯った。
その下を、剛志役の吉田が歩いてくる。
学生鞄を肩にかけ、鼻歌でも歌いそうな足取りだった。
「あー……疲っれたぁ」
伸びをした瞬間、頭上から光の筋が落ちてきた。
落下の軌跡を目で追うように、剛志の視線が上から下へ動く。
「うわっ、なんだ今の!」
光が消えた場所に、累が膝を折り、片手を地面についた不自然な体勢で現れた。
ちなみに、これは一瞬の暗転の間にセットの裏にいた郁が出てくることで急に現れたように見せている。
「転送完了」
剛志はしばらく突っ立ったまま、その姿を見下ろしている。
「大丈夫か、お前」
「問題ありません」
累はゆっくりと立ち上がる。
膝の砂を払う動作すら、人の真似をしたような硬さがあった。
「今のは、何なんだ」
「ワープです。人里まで移動するために発動させました」
「なんなの? お前はターミネーターか何かか?」
客席から小さな笑い声が漏れた。累の表情はまったく変わらない。
「あなたは、今のワープを目撃しましたね」
「そりゃ目の前に降ってきたら見るだろ」
「困りました」
累は一歩、剛志との距離を詰める。
「わたしの正体を知る人間が、生まれてしまいました」
「正体って何だよ」
「地球外知的生命体です」
「ちょっと待って、いや待って!」
剛志が両手を突き出して、後ろへ半歩下がる。
その大げさな動きに、客席の空気がまた緩んだ。
累はその反応の意味が分からないという顔で、じっと剛志を見つめ続けていた。
稽古のときは顔面つよつよの郁が近距離に来ただけで照れていた吉田だったが、今はきちんと剛志を演じられている。
「協力を要請します」
「協力って何をだよ」
「わたしが人間として振る舞うための助言です。あなたはこの事実を知った唯一の人間として、その責務を負う立場にあります」
「責務って、俺いつそんなの請け負ったんだよ」
累は少し考えてから答えた。
「今です」
「いや、勝手に押し付けないでぇ!?」
剛志の声が裏返って、客席から笑いが零れる。
累はその笑いの理由が分からないという顔で、首を小さく傾げたまま止まっていた。
「それにしてもなぁ」
剛志は累の頭から足先までを、一往復ゆっくりと見た。
「動きも喋り方も、ロボットみたいな奴だな」
「機械染みていると?」
「ああ、人間味がない」
その一言に、累の視線がわずかに落ちた。
「では、どうすれば人間に見えるのでしょうか?」
剛志は少し考えてから、指を一本立てる。
「参考にする奴を決めろよ。誰でもいいから、こう振る舞えば人間らしいっていう手本」
「候補を検索します」
それから場面は切り替わり、教室のセットが暖色に照らされる。
次の日になり、剛志は学校へ潜入した累へと共にいた。
その近くを佐光演じる千代が友人たちと笑いながら通り過ぎていく。
剛志がその背中を指差した。
「あれだよ、友田千代。クラスで一番人気あるし、コミュ力の塊だから」
累の視線が、千代の後ろ姿に固定される。
しばらく動かなかった。
「対象を確認しました」
累は千代の方を向いたまま、指を折っていく。
「歩幅は他者より狭く、常に相手の反応を待つ間を作っています。声のトーンは高め、抑揚は多いが感情の起伏は一定範囲に収まっています。周囲を頻繁に見渡すのは、孤立を避けるための行動と推測されます」
「たぶん、千代はそこまで考えてないと思うぞ」
剛志の声に、若干の引き気味な感情が混じった。
累はその温度に気づかず続ける。
「解析完了しました」
その瞬間、累の背筋がふっと緩んだ。
肩の位置が下がり、視線が柔らかくなる。
それまでの硬質な動きが消え、代わりに軽やかな仕草が全身に散らばっていく。
「あっ、それ、この前借りたノート! まだ返せてなくてごめんね!」
声のトーンが跳ね上がる。
抑揚の付け方、話す速度、瞬きの回数まで、千代そのものだった。
剛志は目を丸くして、一歩後ろに下がる。
「うっわ……めちゃ似てる。すごいな、累」
「もう剛志君、あたしの名前は千代だよ」
「いや、お前は何言って……」
「ふふっ、変な剛志君」
言葉を重ねるたび、累の顔からさっきまでの硬さが完全に抜けていく。
表情、姿勢、指先の動きまで、千代の輪郭がそのまま累の上に重なっていった。
客席の空気が、笑いから少しずつ違う色に変わっていく。
誰かの動きを完璧になぞることの気味悪さと、それがどこか痛々しいという感触が、同時に混ざり込んでいた。
「じゃ、あたしは帰るね」
「ちょっと待て、待て待て待て!」
剛志が累の肩に手を置いて、その動きを止めようとする。
「人間になるっていうのは、誰かになりきることじゃないだろ」
累はその言葉に、初めて動きを止めた。
千代の笑顔が、そのまま固まったように残る。
何かを検索しているような静止だった。
答えは出ないまま、照明が暗く落ちていく。
隣に立つ朝香が、夢中で劇に見入っている。
人の芝居を分析する朝香の横顔はごまんと見てきた。
だけど、人の芝居に夢中になっている朝香は初めて見た。