とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第16話 丸代、覚醒

 池手が身を乗り出してきた。ノートを膝の上に置いて、両手で支えている。

 

「初期の頃の話だけどな。劇団の稽古で同じシーンを練習することがあった。朝香は一回やっただけで完璧にこなす。俺を含めて他の子役が何度も失敗してる中、朝香だけは一発で決める」

「それって、つまり天才ってこと?」

 

 池手が首を傾げた。

 

「天才というか……努力の化け物、だな」

「努力の化け物? 天才じゃなくて?」

 

 池手が不思議そうに聞いてくる。

 

「朝香は誰よりも練習してた。稽古が終わった後も、一人で残って台詞の練習をしてた」

 

 池手は真剣にメモを取っている。ペンを走らせる音だけが、静かな図書室に響く。

 

「俺が劇団の稽古場に早く着いたとき、もう朝香がいた。誰よりも早く来て、誰よりも遅く帰る」

「じゃあ、つまり」

 

 池手はノートを見ながら、まとめるように言った。

 

「朝香さんは天才じゃなくて、誰よりも努力してたから完璧だったってこと?」

「あいつの口癖教えてやろうか? 〝結果が出るまでやるのが努力〟だぞ」

「うへぇ……でも、それって結局天才じゃないかな。そこまで努力できるのって、才能だよ」

 

 池手が真剣な顔で言う。

 

「朝香が聞いたらブチギレそうだな」

 

 あたしの努力を才能って言葉だけで片付けるな、とキレ散らかす朝香の姿を想像して、つい笑みが零れる。

 

 池手は少し考え込んでいる。

 ペンを握ったまま、俺の顔をじっと見ている。

 

「凪野君は、そんな朝香さんと一緒に仕事してたんだよね。ぶっちゃけ、やりやすかった? それとも、やりにくかった?」

 

 池手が核心を突いてくる。

 

「もちろん、プレッシャーはあった」

「あー、やっぱり」

 

 池手は納得したように頷いた。

 

「朝香と並ぶと演技力の差が浮き彫りになるからな」

「それは、きついね」

 

 池手は心配そうな顔をした。ペンを握ったまま、じっと俺を見つめている。

 

「それに朝香は厳しかった」

「厳しいって、どんな風に?」

「監督からはオッケー出てても、朝香は納得しないことがあった」

「え? どういうこと?」

 

 池手が身を乗り出してきた。

 

「撮影の後、朝香が俺に言うんだ。『今の演技、何を考えてたの?』『もっと感情を込めて』『台詞の間が悪い』って」

「えぇ!? 監督はオッケーしてるのに、ダメ出ししてくるの?」

 

 池手は驚いたように目を見開いた。

 

「朝香は妥協しなかった。自分にも厳しいし、俺にも厳しい」

「それって、嫌じゃなかった?」

「嫌ではないぞ。悔しさはあったけどな」

「悔しかったって感じるのは、朝香さんの言うことが正しかったから?」

 

 池手が本質を突いてくる。

 

「そうだな。朝香のダメ出しは、いつも的確だった。俺の演技の弱いところを、ピンポイントで指摘してくる」

「やっぱり、ハリウッド行くような人はすごいんだね」

 

 池手は感心したように呟いた。

 ペンを持つ手が止まり、じっと俺の顔を見つめている。

 

「あー、もしかして、朝香さんってツンデレだったり?」

 

 池手は少し笑った。その笑顔が、妙に可愛らしい。

 

「ツンデレねぇ……だとしたらよかったんだが」

 

 あいつはデレがないから、ツンドラの間違いじゃないだろうか。

 態度はずっと冷たかったし。

 

「ただ、朝香は演技面で俺に期待してくれてたんだとは思う」

「期待って、つまり凪野君がもっと上手くなるって信じてたってこと?」

「だと、いいんだけどな」

 

 池手は少し考え込んでいる。ペンを握ったまま、俺の顔をじっと見ている。

 

「なんか、いいね。そういうの……うん」

 

 その呟きに、振られた身としては複雑な気分になるのであった。

 

 それから、さっそく池手は新しい小説を書き始めた。

 

 タイトルは〝天才子役の幼馴染は曇るが、役者の道を諦めたら始まるラブコメ〟。

 

 いかにもネット小説らしい、長いタイトルだ。

 

「凪野君、第一話書けたから読んでみて」

 

 池手は嬉しそうにスマホを俺に渡した。画面を見つめる目が、期待に輝いている。

 俺は画面を見て、第一話を読み始めた。

 

【天才子役の幼馴染は曇るが、役者の道を諦めたら始まるラブコメ】

作者:イケマル水産

第1話

 

『僕、君のことが好きなんだ! 演技で勝てたら付き合ってほしい!』

 

「げほ、げほっ!?」

 

 一行目のセリフを目にした瞬間、激しく咽てしまった。

 

「どうしたの、凪野君?」

「ちょっと唾が変なとこ入って咽ただけだ」

 

 誤魔化しながら続きに目を通す。

 朝香に対する恋心やプライベートな出来事は一切、池手に話していない。

 どう考えても、あの話だけで俺と朝香のような話ができるわけがない。

 実際、過去描写の描写や周囲の人間関係、家庭環境は全然俺たちと重なっていない。

 

 だというのに、この小説はほとんど俺と朝香の話になっていたのだ。

 唯一、現実と違う点を挙げるとすれば、ヒロインが主人公に恋心を抱いている点くらいだろうか。

 その辺りは、ラブコメ小説らしく作った結果だろう。

 

「どうかな?」

 

 池手が不安そうに尋ねてくる。両手を握りしめて、じっと俺の顔を見つめている。

 

「面白いというか、いや、すごいな……」

「本当!?」

 

 池手は嬉しそうに目を輝かせた。

 

「この先どうなるのか気になるよ」

 

 池手は嬉しそうに笑った。その笑顔が、妙に眩しい。

 

「良かった。凪野君の話を元に書いたから、リアリティが出せたと思う」

「リアリティどころか……よくここまで書けたもんだ」

 

 散々朝香のことを天才だと言っていたが、池手は十分にその領域に足を踏み入れている。

 

 何よりも、演技に関する体験談や朝香のちょっとしたエピソードだけで、俺たちの実体験や感情に無意識の内にたどり着ける。

 

 それはまるで俺のことを深く理解してもらったようで、どうしようもないくらいに嬉しくなってしまった。

 

「本当にすごいよ、この小説」

 

 池手は少し困ったように笑い、頬をかきながら視線を逸らす。

 

「そんなに褒められると照れるね」

「賞賛は素直に受け取れって」

 

 それから池手の新作小説は、二週間ちょっとで驚くほどの反応があった。

 投稿してすぐに、閲覧数が跳ね上がり、評価ポイントも急上昇し、感想欄には大量のコメントが書き込まれた。

 

「凪野君、見て見て! すごいことになってる!」

 

 休み時間、池手は興奮した様子で俺にスマホを見せてきた。

 

 画面には、ランキングが表示されている。

 池手の小説は、ラブコメジャンルの週間ランキングで三位に入っていた。

 

「……マジかよ」

「うん! バズってる! こんなの初めて!」

 

 池手は涙ぐんでいた。眼鏡の奥の瞳が潤んでいる。

 

「凪野君のおかげだよ。ありがとう」

「いや、俺は話しただけぞ。小説って形にまとめ上げたのは池手の実力だ」

「ううん。凪野君がいなかったら、この小説は書けなかった」

 

 池手は嬉しそうに笑った。

 その笑顔を見て、俺も少し嬉しくなった。

 俳優としての経験が、また形を変えて人の役に立った。

 

 それだけで、俺の過去は無駄じゃなかったのかもしれないと思えた。

 

「ところで、これってざまぁ系みたいだけど、ヒロインがざまぁされるのか?」

「まさか。それじゃヒロインがかわいそうでしょ。この子は共感性に欠けてて、結果的に主人公の好意を蔑ろにし続けただけで、悪い子じゃないんだから」

 

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