第165話 劇場版 斬鉄飛翔セミブレード
文化祭も終わり、季節も冬へと移り変わっていく。
長めのオフが終わり、俺も朝香も忙しい仕事の日々へと戻っていった。
ドラマの撮影をはじめ、CM撮影、バラエティ番組、雑誌のインタビューなど仕事は多岐にわたる。
西遊記で注目を集めた俺たちには、トントン拍子で仕事が舞い込んできていた。
「井田さん、翼君。このあとご飯でもどうですか?」
「悪ぃな。俺はこのあと別現場の撮影があるんだわ」
「本っ当、申し訳ございません……めちゃくちゃ行きたいんですが、このあと別現場の仕事がありまして。また誘ってください!」
「そっかそっか、二人共忙しいですからねぇ。また今度!」
顔見知りのディレクターに声をかけられたが、さすがに仕事があるため断らざるを得なかった。
あの人の連れてってくれるお店、おいしいとこばっかりだから残念だな……。
「忙しそうだな」
「井田さんほどじゃないですよ。最近、平成ドラマ復活企画で引っ張りだこじゃないですか」
「俺の代表作が軒並みやってた時期だからなぁ」
ドラマの全盛期とも呼ばれる平成ドラマ。
その時期の人気ドラマには井田さんが出まくっていたこともあり、最近の平成ドラマ復活企画では過労死枠とも言われていた。
「翼にもそのうち声がかかるだろ。平成ドラマは学園モノも多いからな」
「あー、確かにそれはありそうですね。昨今は学園ドラマが激減してますし、高校生役ができる俳優も限られてますからね」
つまり、俺と朝香にとっては稼ぎ時である。
たぶん、ルナにも話は行くだろう。
「まあ、売れっ子同士頑張ろうや」
「はい!」
俺たちは拳をぶつけ合い、それぞれ次の現場へと向かった。
全ての仕事が片付いて事務所に返ると、そこには同じように仕事を終えて事務所に返ってきた朝香と社長がいた。
「お疲れ様です」
「ああ、翼君。お疲れ様」
「お疲れ、翼。〝能なしとんび〟の現場、大変だったみたいね」
現在撮影中のドラマ〝能なしとんびは爪を隠せず〟で、俺は主人公の若い頃の姿を演じることになった。
SNSでバズった漫画が原作で、更生した元ヤンサラリーマンが過去の自分と入れ替わってしまうというドタバタコメディだ。
さすがに未来のおじさんになった自分と入れ替わったヤンキーは難しかったが、演じ甲斐はあった。
「共演者の優二さんがNG連発しちゃったからね。まあ、こういうときもあるよ」
「またあの人? あたしも西遊記の撮影中、別ドラマで共演してたけど、絶対台詞噛むのよね」
灰瀬優二。高身長でイケメンというルックスに反して、何故か現場での存在感が薄い俳優だ。
台詞も噛むし、変に格好つけているせいか不自然。
それでも、彼の存在を現場の人間は無下にすることができない。
「ったく、師匠の息子の癖に下手な芝居して……」
そう、彼は朝香の師匠である両賀千三郎さんの息子なのだ。
だから、たまにコネで仕事をもらっては現場を荒らすことでも有名だったのだ。
「演技力は遺伝じゃないから仕方ないって」
「それもそうね」
朝香はふぅとため息をつくと、ペットボトルの紅茶を口にした。
「そうだ、千三郎さんと言えば、今度君たちと共演の話がきてるよ」
「本当ですか! 子役時代のアニメ映画以来の共演だから嬉しいです!」
「あー……翼君。今回もアニメ映画だ」
「へ?」
社長室の空気が、一瞬止まった。
「アニメ映画。厳密には今やってるシリーズもののアニメの劇場版だね」
騎志社長はデスクの上のファイルを開いて、俺たちの前に滑らせてきた。
「〝斬鉄飛翔セミブレード〟の劇場版だ。翼君は特別出演のゲストキャラで、名前は長那凪世弥。朝香は今回の映画の看板ともいえるシガラティ役だよ」
「看板……これは気合入れ直さないとね」
ぎゅっと握り拳を作っている朝香だったが、たぶん名前的に朝香の役って……。
「ちょっと待って、台本に書いてある台詞が『み゛』しかないんだけど……」
台本をパラパラと捲っていた朝香の表情が固まった。
「朝香が演じるのは、伝説のセミブレード〝シガラティ〟だからね」
セミブレードはセミと刀剣を融合したような要素を持つ。
朝香が今回演じるのは、映画で初公開となる新しいセミブレードになる。
おそらく、次回作の伝説枠だろう。
「ふ、ふふっ、まさか人外役が回ってくるなんてね」
朝香がゲストヒロインではなく、セミブレード役ってどうなんだと思ったが本人は不敵な笑みを浮かべていた。
「初めてやるタイプの役、しかも声だけでの表現……ワクワクするじゃないの」
「そうだった。朝香ってこういうタイプの人間だった」
文化祭で人の心を取り戻したから忘れてたけど、朝香は演じる役が困難なほど喜ぶ芝居バーサーカーだった。
「感情を鳴き声だけで表現する……み゛! うーん、み゛? いや、もっとセミらしく――」
その場で様々な声音でシガラティの鳴き声を試す朝香。
傍から見ていると異様な光景である。
「み゛」
そして、何故か聞き覚えのある絶命寸前のセミのような声で鳴くのであった。