「本日はよろしくお願いいたします! まずは簡単に、本日の流れをご説明させていただきます」
セミブレード公式U-Tubeチャンネルの担当者、志賀さんが台本を片手にぺこりと頭を下げた。
劇場版公開に向けたカウントダウン企画。今日はその第一弾として、ゲスト声優である俺と朝香が収録スタジオを訪問する様子を撮影するとのことだった。
「本日は、普段のアニメシリーズのアフレコ現場を見学していただきます。ゲスト声優のお二人には、実際の現場の空気感も知っていただきたいという狙いでして」
「なるほど、雰囲気作りも兼ねてってことですね」
「はい。主人公・宇津瀬民吾役の川越さんも収録中ですので、顔合わせをしていただき、そのまま対談していただく流れとなっております」
「ちなみに、川越さんはあたしたちが来ることを知っているんですか?」
「いえ、企画の撮影のためにスケジュールは抑えてもらっていますが、お二人が来ることは伝えてはいないです」
「なるほど、ちょっとしたドッキリも兼ねているわけですね」
久しぶりの再会になるだろうから、公式としても反応がみたいわけか。
「お二人は元々川越さんと子役時代に交流があったんですよね」
「ええ。僕の方は同期ですね。朝香は劇団クロッカスの中でも先輩ではありましたが」
「同い年だったので、あまり先輩感はありませんでしたけどね」
俺の言葉に朝香が苦笑する。
実際のところ、朝香は先に劇団クロッカスにいただけで、先輩とは思ったことはなかった。俺の場合は小学校も同じだったことも大きいのだろう。
まあ、仕事でほとんど学校来てなかったけど。
「川越さんがどうなったか楽しみね」
久しぶりに萌絵の演技が生で見られるからか、朝香はどこか楽しそうだった。
俺は正直萌絵の生アフレコが聞けるのは楽しみだ。特にセミブレードはホビーアニメの少年声で演じている。
記憶にある萌絵の声とはまるで違って、脳がバグりかけたくらいだ。
アニメを見ていて、演者の顔が浮かばなくなるのは高い実力の証である。
「では、こちらへどうぞ。ちょうど収録中なので、外から見学できます」
通されたのは、防音扉の外にある小さな見学スペースだった。
ガラス張りの窓越しに、ブースの中が見える。マイクの前に立っているのは、見覚えのある小柄なシルエットだった。
どうやら小学生の頃から身長はあまり伸びなかったらしい。
見学スペースの壁際には、モニターが一台設置されていて、収録中の映像がそのまま流れていた。
映っていたのは、完成したアニメーションではなかった。色も塗られていない、鉛筆の線だけで構成された動画。
背景もまだ簡素なグレーの塗りつぶしで、キャラクターの輪郭線だけが忙しなく動いている。
「本番、いきまーす」
スタジオの中から、音響監督らしき声がかかった。
萌絵がモニターに向き直る。線画のキャラクターが、剣を構えたまま静止したままだった。
萌絵はそれでも、まるで完成映像を見ているかのように、正確なタイミングで台詞を放った。
『ムラセミィ! 真正面からブチ破るぞ! 〝斬鉄閃!!!〟』
『ビッビビィ!』
声のトーンが低く、少年の芯を持った響きに変わっている。
線画の中で、キャラクターの指示に合わせたセミブレードの攻撃の瞬間、萌絵の声も寸分違わず重なった。
絵が未完成なのに、その一瞬だけは確かに斬撃が走ったように見えた。
「アニメのアフレコって、線画の状態でやるのね」
朝香が小声で呟いた。
「僕が子供の頃に出たアニメ映画は、出来上がった状態でのアフレコでしたけど、それはどうしてですか?」
俺が尋ねると、志賀さんは声を潜めて答えてくれた。
「劇場版と連続テレビシリーズだと、そもそもの制作スケジュールが違うんです。劇場版は事前にじっくり作り込む時間がありますが、テレビシリーズは毎週決まった放送日があるので、収録の時点で作画が全部仕上がっていないことが珍しくないんですよ」
「なるほど、締め切りの違いってわけですね」
「そうです。今日みたいに線画のままで収録するときは、監督や演出さんの口頭指示を頼りに、演技のテンポを合わせていただくことになります」
「絵がない分、演者側も大変そうですね」
「あはは、皆さんプロですから」
志賀さんの言葉に、俺と朝香は再びガラスの向こうへ視線を戻した。
場面が切り替わり、萌絵の声質がまた変化する。
『……ムラセミ、まだ動けるか!』
叫び声のようでいて、喉を潰さない。感情の温度だけが上がって、技術は一切崩れない。
完成していない絵に、萌絵の声だけが確かな輪郭を与えているようだった。
「すごい……声だけで、こんなに世界が見えるんだな」
「ここまで振れ幅のある芝居、簡単にできることじゃないわ」
朝香も腕を組んだまま、食い入るように見つめていた。
しばらくして収録が一区切りついたのか、ブースの明かりが落ち着いた。
萌絵がこちらへ向かって歩いてくる。扉が開いた瞬間、俺たちは自然と身構えた。
さっきの少年声の余韻を纏ったまま出てくるのか、それとも――
「オウフフwww、翼氏と朝香氏ではござらんかwww。いやぁ、お二人が来るなんて聞いてなかったんで驚きましたぞwww」
「「何があった!?」」