とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第17話 脳破壊される側視点 パート3

 日曜九時放送。連続ドラマ〝プライベート・AI(アイ)〟の撮影は、想像していた以上に順調だった。

 第一話の視聴率は十五パーセントを超えていた。

 同時間帯トップ。SNSでも反応は良く、現場の空気は明らかに軽い。

 

 スタッフの動きに余計な張り詰めはなく、次の段取りも滑らかに進んでいる。

 主演として、その変化を感じ取れないほど鈍くはなっていない。

 

 カメラ前に立つと、意識が研ぎ澄まされる。

 照明の熱が肌に残り、床の感触が足裏に伝わる。

 周囲の視線が、ゆっくりと一点に集まってくる。

 

「本番、いきます!」

 

 声がかかった瞬間、羽田朝香は一歩下がり、主人公である倉井愛が前に出る。

 走る。考えるより先に、身体が動いている。

 

 校舎裏。人の気配が消える角。

 犯人の逃げた方向に、確信があった。

 息は上がっている。それでも足は止まらない。

 

「犯人逃走中! アンダーソン。ナビをお願い!」

 

 走りながらイヤーピースに指を当てて叫ぶ。

 絶対に、捕まえてやるんだから!

 踏み出した、その瞬間。

 

「カット!」

 

 声が落ちる。空気が揺れ、スタッフが動き出す。

 けれど、世界はすぐには切り替わらない。

 しばらく走ってから脳が落ち着きを取り戻していく。

 

「オッケー! 朝香ちゃん、今のいいよ!」

 

 監督の声と拍手が耳に入る。

 それでも、倉井愛はまだあたしの中に残っている。

 

 ゆっくりと息を吐き、指先から力を抜く。

 何度か瞬きをして、ようやく現実の輪郭が戻ってくる。

 

「朝ちゃーん」

 

 少し間延びした声。

 

「……ちょっと待って」

 

 反射的に、そう返していた。

 まだ完全には戻りきっていない。

 数秒遅れて振り向くと、今回のゲストであるアイドル、斎藤ルナがすぐ傍まで来ていた。

 

 ちなみに、この子は親同士が昔から仲が良く、あたしたちも幼馴染という関係だ。別に仲は良くないけど。

 

「今の完全に愛だったよねー、さっすがー」

 

 距離が近い。役の余韻が残ったまま、半歩だけ下がる。

 ようやく〝羽田朝香〟が戻ってくる。

 

「ポンコツなのに、突っ走る感じ。日曜ドラマ向きだよね」

「どっちかというと朝ドラじゃない?」

「あー、そっちのがしっくりくるかも!」

 

 ルナは軽く笑って、スマホを持ち上げた。

 

「ねぇ、これ読んだ?」

 

 画面に表示されたタイトルを見て、指先が一瞬止まった。

 

『天才子役の幼馴染は曇るが、役者の道を諦めたら始まるラブコメ』

「小説サイトで最近バズってるやつ。読んだ?」

 

 喉の奥が、わずかに引っかかる。

 

「……ネット小説まで読んでる暇ないわよ」

 

 こちとら移動中も台本読んだり、勉強したり、いろいろあるのだ。

 

「えー、朝ちゃんこういうの詳しそうなのに」

「ネット小説に詳しいわけないでしょ。人気の一般文芸とライトノベルなら一通り読んでるけど」

「どれも物語なんだから同じようなもんだと思うけどねー」

 

 ルナは気にせず画面をスクロールする。

 

「これさー。ヒロインが完璧主義で、現場で妥協しないタイプでー。ちょっと朝ちゃんっぽいんだよねー」

 

 心臓が嫌な音を立てた。

 

「読んでいい?」

「どぞー」

 

 差し出されたスマホを受け取る。

 画面を見た瞬間、周囲の音が遠のいた。

 

 それは、覚えがありすぎる光景だった。

 

 告白。

 演技で勝ったら付き合うという約束。

 稽古場の空気。

 台詞のやり取り。

 

 スクロールするたび、胸の奥がざわつく。

 

 努力の仕方。

 厳しさ。

 フォローの仕方。

 

 あたし自身の癖が、怖いくらいに文章で表現されていた。

 少し読めばわかる――これは翼とあたしの話だ。

 

「羽田さん。次の準備お願いします!」

 

 スタッフの声が飛ぶ。

 

「はーい!」

 

 スマホをルナに返し、意識を倉井愛へと移行する。

 表情は、きっといつも通りだ。

 

 撮影を終え、控え室に戻ると、扉を閉めた途端に力が抜けた。

 もう一度、スマホを取り出す。

 続きを読まずにはいられなかった。

 

 読み進めていくと、主人公は演技の世界に復帰していた。

 ドラマ撮影の現場で、ヒロインと再び共演する。

 それに対してヒロインは、主人公が戻ってきたことを喜ぶ。

 

 でも、主人公の反応は冷たかった。

 

『恭一……! やっぱり、戻ってきてくれたのね!』

『別に香織のためじゃない。演技が楽しいと思えたから戻っただけだ』

 

 胸に何かが刺さる。

 主人公は、演技の楽しさに目覚めていた。

 共演者と笑い合い、監督と語り合い、現場を楽しんでいた。

 その姿は、生き生きとしていた。

 

 ヒロインなんて、眼中にない。

 

『俺は俳優としてトップを目指す。お前には負けない。だからあの約束、取り消しにしてくれないか』

『え?』

『演技で勝ったら付き合うって約束のことだ』

『どう、して……』

『俺、演技を舐めてた。演技をお前に告白するための手段だと思っていた。でも、今度は違う。ちゃんと演技と向き合って、お前に勝つ』

 

 ヒロインは、振られた。

 主人公は、もうヒロインを必要としていなかった。

 

 救いを求めて感想欄を開くと擁護の感想があった。

 

[ヒロインがかわいそう。さすがに哀れだわ]

[共感性に欠けてただけで悪い子ではないよな]

[主人公の好意を蔑ろにし続けたのも、わかんなかったからしょうがないと思うな]

 

「擁護に、なってない……!」

 

 味方から背中を撃ち抜かれた気分だった。

 

 評価もサイトのランキングで上位を取っていた。

 

 ★1,068 3,863フォロワー 85応援コメント。

 

 大勢の人間が、ヒロインが振られることを喜んでいた。

 ヒロインが曇ることを、楽しんでいた。

 

 スマホを持つ手が震える。

 たとえ翼が演技の道に戻ってきたとしても、翼があたしに振り向くことはないのだと突き付けられた気がした。

 

『だから、香織。もうお前に惚れてる暇なんてないから安心してくれ!』

 

『み゛』

「み゛」

 




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