しばらく歩いて、広場の隅にあるベンチに腰を下ろす。
ホットチョコレートで手を温めながら、二人分の白い息が街灯の下に浮かんでは消えていった。
「そうだ、翼」
朝香が思い出したように、コートのポケットをまさぐり始めた。
「渡したいものがあるの」
差し出されたのは、リボンのかかった小さな箱だった。
「実は、前から用意してたのよ」
「マーケットで見繕ったんじゃないのか?」
「行き当たりばったりで選ぶわけないでしょ。ちゃんと考えて選んだの」
得意げに言われて、俺は箱を受け取って包装を開けた。
中に入っていたのは、ちょっとお高めなハンドクリームだった。
「これは……」
「いつ続編が来てもいいように、撮影終わってからも如意棒の素振り、毎日やってるでしょ? 手荒れしてるんじゃないかと思って」
「……よく見てるな」
「観察するのは、役者の基本よ」
澄まし顔でそう言う朝香に、思わず笑ってしまった。
「じゃあ、俺からも」
俺はカバンの中から、小さな紙袋を取り出した。
「え?」
「実は俺も用意してたんだ」
朝香は驚いた顔をしながら、紙袋を受け取る。
中から出てきたのは、喉にいい成分が入っているという評判のスプレーだった。
「これ……」
「シガラティの収録、来年からだろ。喉を絶対酷使することになる」
「翼……」
「お互い喉は商売道具だからな。労わっとけ」
朝香はスプレーの容器を、両手でそっと包み込むように持った。
「……ありがと」
いつもより、声のトーンが柔らかかった気がする。
「まあ、これからもお互い、飛躍していこうって話だ」
朝香は真剣な顔で頷いた。
「あたしはもっと上を目指す。今度はちゃんと付いてきてよね」
「上等だ。受けて立つよ」
軽く拳を合わせると、朝香は満足そうに微笑んだ。
広場を歩いていると、あちこちでカップルらしき二人組がすれ違っていく。
手を繋いでいる人たち、肩を寄せ合っている人たち。
クリスマスというだけあって、街全体がそういう空気に満ちていた。
「それじゃ、名残惜しいが行くか」
「……そうね」
「タクシー、アプリで読んでおいたから」
「へ?」
最後までエスコートは欠かさないつもりでタクシーを呼んでおいたのだが、何故か朝香は目を丸くしていた。
「えっと、タクシー使うんだ」
「そりゃ、使うだろ。人に見られたらまずいし」
「人に、見られたらまずい……」
あとは帰るだけだというのに、朝香は急にソワソワしだした。
一体、何だというのか。
それから既に到着していたタクシーへ、二人並んで後部座席に乗り込む。
車内は暖房が効いていて、外の冷たさが嘘のように暖かかった。
窓の外を、イルミネーションの光が次々と流れていく。
朝香は窓に頬杖をついたまま、それを黙って眺めていた。
亀戸のタワーマンションに着くと、タクシーを降りる。
「ん?」
「着いたな。ロビーまで送るよ」
「んん?」
朝香は、何故か自宅の前で固まっていた。
「じゃ、天太と沙也加によろしくな」
それだけ言って、俺は軽く手を挙げるとタクシーの方へと引き返した。
振り返ると、朝香はまだエントランスの前に立ったまま、こちらを見ていた。
どうやら律儀に見送ってくれているようだ。
「み゛」
そして、タクシーに乗り込む直前、聞き覚えのある絶命寸前のセミのような声がクリスマスの夜に響いた。