あたしの名前は羽田朝香。
伝説のセミブレードを演じることになった天才女優だ。
ベンチに座って二人でホットチョコレートを飲む。
こんな時間がいつまでも続けばいいのに……。
「そうだ、翼」
あたかも今思い出したように、コートのポケットをまさぐってお目当てのブツを取り出した。
「渡したいものがあるの」
実はクリスマスプレゼントを用意しておいたのだ。
「実は、前から用意してたのよ」
「マーケットで見繕ったんじゃないのか?」
「行き当たりばったりで選ぶわけないでしょ。ちゃんと考えて選んだの」
ずっと前から用意していたハンドクリームを渡す。
翼が誘ってくれなかったら、どうしようかと思っていたので渡すチャンスがあって一安心だ。
「これは……」
「いつ続編が来てもいいように、撮影終わってからも如意棒の素振り、毎日やってるでしょ? 手荒れしてるんじゃないかと思って」
翼は西遊記の撮影が終わってからも、棒術の腕が鈍らないように自主練を続けていた。
人事を尽くして天命を待つ。
その姿勢は役者として尊敬に値するものであり、好きな人の姿としても格好良かった。
「じゃあ、俺からも」
「え?」
「実は俺も用意してたんだ」
まさか、翼もクリスマスプレゼントを用意しているとは思わず、虚を突かれる。
中から出てきたのは、喉にいい成分が入っているという評判のスプレーだった。
「これ……」
「シガラティの収録、来年からだろ。喉を絶対酷使することになる」
「翼……」
「お互い喉は商売道具だからな。労わっとけ」
それは気遣いしいな彼らしいプレゼントだった。
「……ありがと」
「まあ、これからもお互い、飛躍していこうって話だ」
翼からお互いに飛躍しようだなんていわれる日が来るなんて……それこそが、あたしにとって最高のクリスマスプレゼントである。
「あたしはもっと上を目指す。今度はちゃんと付いてきてよね」
「上等だ。受けて立つよ」
拳をぶつけあってお互いに、これからの飛躍を誓い合う。
これだけでもう、最高の一日になったと言えるだろう。
あちこちにカップルらしき二人組が見える。
手を繋いでいる人たち、肩を寄せ合っている人たち。
クリスマスというだけあって、街全体がそういう空気に満ちていた。
こういう空気の中に、翼と二人でいる。
それだけで、心臓が少しずつ落ち着かなくなっていくのがわかった。
「それじゃ、名残惜しいが行くか」
「……そうね」
名残惜しい、なんて言われたら、期待するなという方が無理な話だ。
「タクシー、アプリで呼んでおいたから」
「へ?」
その一言で、思考が一気に加速した。
タクシーで、この時間から、二人きりで。
まさか……まさか、まさか。
「えっと、タクシー使うんだ」
「そりゃ、使うだろ。人に見られたらまずいし」
「人に、見られたらまずい……」
人に見られたらまずい。
その言葉が、頭の中でぐるぐると回り続ける。
電車じゃなくて、タクシー。
人目を避けたい理由。
これはもう、そういうことなのではないだろうか。
あたしは表面上、平静を装いながら、内心では盛大に取り乱していた。
こういうとき、どんな顔をすればいいのか、どんな言葉を返せばいいのか、台本なんてどこにもない。
到着したタクシーに乗り込むと、暖房の暖かさが余計に頬を熱くさせた。
窓の外を、イルミネーションの光が次々と流れていく。
あたしは頬杖をついたふりをしながら、こっそりと隣の様子を窺っていた。
もしかして、このまま……いや、落ち着け、落ち着くのよ、あたし。
そう自分に言い聞かせながらも、指先が意味もなく震えていた。
やがて、見覚えのある建物が見えてくる。
亀戸のタワーマンション――あたしの家だった。
「ん?」
そこへタクシーが停まる。
「着いたな。ロビーまで送るよ」
「んん?」
「じゃ、天太と沙也加によろしくな」
それだけ言って、翼は軽く手を挙げると、タクシーの方へと引き返していく。
あたしは、エントランスの前に立ち尽くしたまま、その背中を見送った。
「み゛」