とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第178話 お雑煮の味

 新年を迎えた正月の朝。

 仕事の予定が入っていないのは、実に久しぶりだった。

 布団の中で静けさを味わってから、俺はゆっくりと身体を起こすと、台所からトントンという包丁の音が聞こえてくる。

 

「あけましておめでとう」

 

 台所を覗くと、父さんがまな板の前に立っていた。

 エプロン姿で大根を切っている姿は、正直まだ慣れない。

 子役時代、この家で父さんが包丁を握っている姿なんて見たことがなかった。

 

「あけましておめでとう。お雑煮、作ってくれてるのか」

「まあな。母さんがいた頃の味には及ばないかもしれないが」

 

 父さんはそう言いながら、鍋に出汁を注いでいく。

 あの頃の父さんは、料理どころか台所に立つことすら珍しかった。

 俺も、母さんも、父さんも、全員が仕事に追われて、家族の時間そのものが少なかったように思う。

 今こうして自然に鍋を振っている姿を見ると、時間の流れというものを実感する。

 

「餅、何個にする?」

「二個で」

「わかった」

 

 特別なことは何もない、それだけの会話だった。

 それでも、こういうやり取りが当たり前に成立していることが、俺にとっては何よりも嬉しいものだった。

 

 鍋から立ち上る湯気が、狭い台所をじんわりと暖めていく。

 出汁の香りに、昆布と鰹の匂いが混ざって漂ってきた。

 餅を焼くいい匂いも、遅れて追いかけてくる。

 

 子役時代の正月は、大体が特番の収録か、稽古で埋まっていた。

 家族三人で顔を合わせるのは、せいぜい元日の夜、それも寝る前のちょっとの時間だったように思う。

 今は、それとはまったく違う時間が流れている。

 

 テーブルに雑煮が並んで、俺と父さんが向かい合って座る。

 

「いただきます」

 

 餅を箸で持ち上げると、伸びる粘りに苦戦しながら口に運んだ。

 

「うまぁ……」

「そうか……うまいか、そうか」

 

 父さんは短くそう答えると、少しだけ照れくさそうに目を逸らした。

 褒められることに、まだ慣れていない様子だった。

 

 それは俺も同じで、こうして父さんの手料理を素直に美味いと言えるようになるまで、正直それなりの時間がかかった。

 味覚がまだ戻り始めたばかりということも大きいが。

 

 しばらく黙って箸を動かしていた。

 テレビをつける習慣もなかったこの家で、静かな食事だけが続く。

 

 父さんが茶碗を置いて、リモコンを手に取った。

 今日は結構前に収録した格付けチェックの放送日だった。

 カレンダーに小さく丸をつけておいたのを、朝起きた時点で思い出している。

 

 ……あの収録はいろいろあって大変だった。

 

 父さんがリモコンのボタンを押すと、画面に大きなテロップが表示された。

 

 〝芸能人格付けチェック お正月スペシャル〟

 

 軽快な司会の声とともに、拍手の音がスタジオに響き渡った。

 

「お、始まった」

 

 父さんが箸を置いて、テレビの方に身体ごと向き直る。

 

「タイミングよかったな」

「食べながらテレビは行儀悪くないか?」

「正月くらい、いいだろう」

 

 あっさりと言い切られて、俺は苦笑しながら椅子の向きを少しだけテレビ側にずらした。

 俺も雑煮の器を脇に寄せて、画面に集中する体勢を整える。

 

 スタジオに映る朝香や井田さんの姿を見つけて、父さんが口元を緩めた。

 その反応を横目で見ながら、俺はもう一口雑煮をすすった。

 出汁の味が、しっかりと舌に届く。

 味覚が戻ってからの雑煮は、なんだか特別な味に感じられた。

 

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