池手の小説がバズってから数日が経った。
休み時間、俺の机に鹿角が駆け寄ってきた。
「バッサー! ちょっと相談があるんだけど」
鹿角は嬉しそうに笑いながら、スマホの画面を俺に見せてくる。
画面には、U-tubeショートの動画が表示されていた。再生回数は一万回を超えている。
「すごいでしょ! バッサーのおかげで、フォロワーも増えてさ」
「そいつは良かった」
「それでさ、次の動画の構成考えてたんだけど――」
一通り話を聞いてアドバイスをする。
ここ最近の休み時間の流れだ。
鹿角と話すのは苦痛じゃない。
表情豊かで素直な性格をしているのが大きいのだろう。
「メイクでもうちょっと差を出したほうがいいかもな。この企画なら演技で見せるより外見でわかりやすく別人に見えるインパクトを出したほうが印象に残る――って、鹿角?」
鹿角はボーッと俺の顔を見ていた。
「……バッサーさぁ、なんでそんなに親切にしてくれるの?」
「親切?」
「だって、あーしのために、こんなにいろいろ教えてくれるじゃん」
鹿角は少し照れたように笑った。頬が僅かに赤い。
「別に親切ってわけじゃない。鹿角が頑張ってるから、応援したいだけだ」
「応援、か……」
鹿角は嬉しそうに笑った。その笑顔が、いつもより少し柔らかい。
「じゃあ、次の授業始まるから。また相談乗ってね!」
鹿角は少し名残惜しそうに、自分の席に戻っていった。
戻った途端、周りの女子たちが一斉に寄ってくる。
「ねぇねぇ、凪野君となに話してたの?」
「また動画の相談?」
「いいなー、梨夢ちゃん。凪野君、よく見ればイケメンじゃーん」
鹿角の顔が一気に赤くなった。
「べ、別にそういうんじゃ――」
「えー、絶対そうでしょー」
「梨夢って、凪野のこと好きなんじゃないの?」
「ちょ、ちょっと! やめてよ!」
鹿角は両手で顔を覆って、机に突っ伏した。
周りの女子たちは、クスクスと笑っている。
鹿角の耳まで真っ赤になっているのが、ここからでも見えた。
さすがの鹿角もギャルとはいえ、友人にそういう揶揄われ方をされるのは恥ずかしいらしい。
放課後、図書室に向かうと、池手がすでに席についていた。
窓際の席でノートパソコンに向かい、真剣な表情でキーボードを叩いている。
「あ、凪野君」
俺の姿を見つけると、池手は嬉しそうに手を振った。
「最新話更新したんだけど、見てもらえる?」
「もう読んだよ。更新直後にな」
「本当!?」
池手は驚いたように目を見開いた。
眼鏡がずれて、慌てて直す。
毎回ズレてんな。
いい加減サイズのあった眼鏡を買ったほうがいいのではないだろうか。
「通知が来たから、すぐに読んだんだよ」
「凪野君、通知オンにしてくれてるんだ」
池手は嬉しそうに目を輝かせた。頬が少し赤い。
「当たり前だろ。池手の小説、楽しみにしてるから」
「楽しみにしてくれてるの?」
「もちろんだ。最新話も良かった。主人公が久しぶりにオーディションを受けるシーン、緊張感が出てた」
池手は嬉しそうに笑って、小さく飛び跳ねる。
「良かった……あのシーン、何度も書き直したんだ」
「経験者の俺がいいと思ったんだ。読者にもしっかり届いてたぞ」
「凪野君のおかげだよ。凪野君がいなかったら、ここまで来れなかった」
池手は真剣な顔で俺を見つめている。
「それを形にしたのは池手の実力だ」
「ううん。凪野君の話があったから、書けたんだよ」
池手は少し照れたように笑った。
「それに、凪野君の話を元に書いてると、すごく楽しいの」
「楽しい?」
「うん。凪野君の過去を知れば知るほど、主人公が生き生きしてくる。まるで、本当にそこにいるみたいに」
池手は嬉しそうに笑った。
「書いてる間ずーっと凪野君のことを考えてるんだ」
その言葉に、俺は少し驚いた。
「そんなに考えてるのか?」
「うん。主人公の心情を書くとき、いつも『凪野君ならどう思うかな』って考えてる」
池手は少し恥ずかしそうに俯いた。
「だから、凪野君のこと、すごく詳しくなっちゃった」
「詳しく?」
「うん。凪野君の癖とか、話し方とか、表情の変え方とか」
池手は少し照れたように笑った。
「観察してたからって……ごめん。ストーカーみたいだよね」
池手は慌てて手を振った。
「でも、小説のためだから! 変な意味じゃないから!」
「わかってるよ。あと図書室では静かにな」
苦笑しながら人差し指を口に当てると、池手は慌てて口を塞いだ。
「あの、えっと、それで、凪野君。最新話、どのシーンが一番良かった?」
「そうだな……」
俺は少し考えた。
最新話は、主人公が久しぶりにオーディションを受けて、演技の楽しさを思い出すシーンだった。
台詞を言う瞬間の高揚感。
終了の合図で現実に戻る感覚。
全部、俺が経験したことだ。
池手は、俺から聞いた話を元にあのシーンを書いた。
読んでいる間、俺は本当に俳優として再起したような気分になった。
あの高揚感を、もう一度味わえたような気がしたのだ。
「特に、主人公が演技の楽しさを思い出すシーンが良かった」
「あのシーン?」
「ああ。読んでて、俺も昔のことを思い出した」
池手は嬉しそうに目を輝かせた。
「本当!? 嬉しい!」
「池手の小説を読むと、俺が本当に成功したような気分になるんだ」
池手は少し驚いたように目を見開いた。
「成功したような気分?」
「主人公が、俳優として成長していく姿を読んでると、まるで俺が成功したみたいに感じられたんだ」
カメラの前で演技をしている自分が、はっきりと想像できた。
池手の作品にはそれだけの力があった。
「そう思うのは、凪野君がもっと成功できたはずだからじゃないかな?」
「いや、俺は一発屋だ」
「それが現実なんだね……」
池手は少し悲しそうに笑った。
「でも、この小説を通して、成功した気になってもバチは当たらないと思う」
「……池手」
「それに、凪野君がもし俳優を続けてたら……きっと、すごい俳優になってたと思う」
「そう、かな」
「そうだよ。凪野君は、鋭い観察眼と分析力があって、知らない分野でも知識を変換して活かすことができる」
池手は照れたように笑った。
「そういう人が、成功しないわけないよ」
「買いかぶりすぎだ」
「ううん。本当だよ」
池手は真剣な顔で俺を見つめている。
眼鏡の奥の瞳が、潤んでいる。
「少なくとも私、凪野君みたいな人好きだよ」
そう言ってから、池手は顔を真っ赤にして手をバタバタと振った。
「ちがっ……変な意味じゃなくて!」
「大丈夫だ。そういうニュアンスじゃないのはわかってる」
「あー、うん……それはそれでなぁ」
しっかり誤解してないと告げたのに、池手は何故か苦笑する。
「ま、いいや。凪野君が読んでくれるなら、もっと頑張れるから!」
池手は少し名残惜しそうに、ノートパソコンに向き直った。