「さぁ、続いてのチェックはこちら!」
小浜さんが次のパネルをめくると、ヴァイオリンのイラストが大写しになった。
「ストラディバリウスと、量産品の練習用ヴァイオリン! 同じ奏者が同じ曲を弾いた場合、皆さんは聞き分けられるでしょうかぁ!」
恒例の音楽ジャンルの格付けチェックだ。
楽団単位での聞き比べより、単体の音色の違いを聞き分けるだけな分、簡単なほうだろう。
「今各チームからお一人ずつ、挑戦していただきましょう!」
「あたしが、行くわ」
朝香が自信満々で、すっくと立ち上がる。
「井田さんは前の問題出たばっかりだし、今回はあたしの番よ」
「頼もしいな。任せた」
「頼んだぞ、朝香ちゃん」
俺と井田さんの言葉に、朝香は自信満々な顔で頷いてから、他の挑戦者たちと共にブースの奥へと消えていった。
一度あの扉の向こうへ入ってしまえば、こちらの声は届かない。
あとは、モニターに映る映像を通して見守るだけだ。
『まずは、〝チーム声優〟の川越さん』
モニターに萌絵の姿が映る。
『耳は自信あるんですよね。なんてったって声優ですから! もうこれで外したらお仕事なくなっちゃいますよ!』
演奏を聞き終えた萌絵は、わざとらしくそんなことを宣う。
よく見てみれば口の端が僅かに引き攣っている。
なるほど、本当はよくわからなかったが、大口を叩いておけば当てたときでも、外したときでもバラエティ的にはおいしいというわけだ。
おそらく、当てたときは盛大に外した誰かを煽るのだろう。
『あー、これはもうA以外あり得ません。外す人がいたら恥ずかしいですねー!』
ヘッドホンを外した萌絵が自信満々に見える表情で告げた。
「めっちゃ大口叩くやん。あの子なかなか肝座っとるなぁ。うんちく親父とかち合ったら煽ってほしいわ」
「誰がうんちく親父だ」
小浜さんのディスに千三郎さんが答えて場が盛り上がる。
次は酒寄さんの番だ。
どうせ千三郎さんは全部外すだろうから、彼としてはここで正解しておきたいところだろう。
『ほほぉ……良い演奏を聞かせていただきました』
酒寄さんは静かにヘッドホンを外すと、Aの札を上げた。
『Aの演奏は、低音に絹のような滑らかさがあって、弓を離した後も倍音がふわりと余韻を残しておりました。それに対して、Bのほうでは僅かに弦の引っかかりを感じましたね』
千三郎さんのうんちくと違って、酒寄さんの考察には素直な感想とそれを補強する語彙力があった。
西遊記でお釈迦様を演じたときの記憶が蘇ってくるほどに、その姿は神々しかった。
続いてルナの番が回ってくる。
『ふむふむー……おっけー、わかったー。これAだよー』
ルナはヘッドホンを外すと軽い足取りでAの部屋へと進んでいった。
「さすが、ルナ。音楽分野は強いな」
「そういや、あの子もクロッカス時代の同期だったか……なぁ、この収録クロッカス組多くね?」
「過半数行ってないので、そこまでじゃないですか?」
「同じ劇団メンバーが一番組に過半数もいてたまるか」
井田さんと談笑していると、遂に朝香の番がやってきた。
モニターに映る朝香が、ヘッドホンを外して真剣な顔をしていた。
『バイオリンっていうのはね、木材の経年変化とニスの薄さで音の抜け方がまるで違ってくるのよ。弾き込まれた名器は、繊維の奥まで振動が染み渡っていて、音の伸びと余韻の消え方に差が出るの……』
なんだろう、すごく嫌な予感がする。
『決めたわ。これはBよ!』
朝香は迷いなく、Bの札を上げた。
「よぉし! やりおったわあいつ」
何故か小浜さんがガッツポーズを決めていた。
「ったく、あのバカ弟子が……無駄にうんちくを語ると恥をさらすことになるぞ」
「鏡もってきましょか?」
小浜さんが茶化すように言うと、千三郎さんは言葉に詰まって黙り込み、スタジオがどっと沸く。
全員の解答が出揃ったところで、スピーカーから三人分の音声が同時に流れ始めた。
扉の向こうにいる挑戦者同士は、モニター越しに会話ができるのだ。
『えっ、朝香さん。本当にそっちで確定なの?』
引き気味の萌絵の声が響く。
『朝ちゃん。自信のほどはいかがかなー?』
ルナがどこか面白がるような口調で続けた。
『羽田さん。一人で心細くはありませんか?』
酒寄さんの言葉には、からかいより純粋な心配のほうが多く滲んでいた。
モニターに映る朝香の顔は、それでも堂々としていた。
『数の多さと正しさは無関係よ。むしろ、三人揃って同じ結論に飛びついてる時点で、思考停止してるんじゃないの?』
『えぇ……』
『朝ちゃんらしいっちゃらしいけどねー』
『ほっほ、これは面白くなりそうだね』
三人の声に軽い笑いが混じる。
朝香の声だけが、その中で一段トーンを上げた。
『見てなさい。この演奏の余韻の消え方、絶対に量産品特有のクセがある。これはBよ、間違いない!』
断言する朝香の声に、萌絵が小さく呟いた。
『……ポンコツのフリでもしてるのかな』
「なあ、朝香ちゃん、もしかして……」
「ええ、絶対あの大ヒットドラマの役使ってましたよ……」
「〝透明なセレナーデ〟か……そりゃ、間違えるよな」
一方、スタジオにいる俺と井田さんは、頭を抱えることしかできなかった。
『結果発表!』
小浜さんがニヤリと笑うと、二つの扉のノブに両手をかけてガチャガチャ、と同時に鳴らす。
そして、勢いよく朝香のいるBの扉を開け放つ。
『ほらね! だから、言ったじゃな――』
朝香の表情がぱっと輝いた瞬間、小浜さんはバタンと扉を閉じた。
『正解は……Aです!』
そして、Aの扉をゆっくりと開いた。
『『『よっしゃー!』』』
萌絵、ルナ、酒寄さんの声が重なる。
『み゛』
そして、絶命寸前のセミのような声が、スピーカー越しに漏れ聞こえてきた。