あたしの名前は羽田朝香。
現在、格付けチェック一流芸能人の天才女優だ。
ブースの中は、思ったよりも静かだった。
防音の壁に囲まれて、ヘッドホンを首にかけたまま、あたしは椅子に座って出番を待っていた。
幸い、あたしは〝透明なセレナーデ〟というドラマで聴覚障害を抱えるバイオリニストの役を演じたことがある。
足りない経験は他所から持ってくるのが、あたしの得意技だ。
それを応用すれば、感覚すらも役に近づけることができる。
「すぅ……ふぅ……」
自分の音に絶対の自信があり、長年の鍛錬と天才的な感覚によって難聴という困難を打ち破る女主人公。
羽田朝香は一歩後ろに下がり、難聴のバイオリニスト音無シズカを前に出す。
案内されたブースの椅子に座ると、ヘッドホンを装着させられた。
目の前のモニターには演奏者の姿だけが映っていて、AとBの音源が交互に流れる。
なるほど、これは簡単だ。
「バイオリンっていうのはね、木材の経年変化とニスの薄さで音の抜け方がまるで違ってくるのよ。弾き込まれた名器は、繊維の奥まで振動が染み渡っていて、音の伸びと余韻の消え方に差が出るの……」
あたしはヘッドホンを外して、迷わずBの札を掲げた。
「決めたわ。これはBよ!」
ブースの奥へ進むんで、Bの部屋へはいるとそこには誰もいなかった。
ふふん、どうやらあたしの一人勝ちみたいね。
そこで役を解いて、元の自分へと戻る。
『えー、朝香さん。本当にそっちで確定なの?』
スピーカー越しに、萌絵の声が届く。
その声には、どこか不満が混じっているように感じられた。
『朝ちゃん。自信のほどはいかがかなー?』
『羽田さん。一人で心細くはありませんか?』
ルナや酒寄さんも声をかけてくるが、どうにもあたしが間違っている前提なのが気に食わない。
「数の多さと正しさは無関係よ。むしろ、三人揃って同じ結論に飛びついてる時点で、思考停止してるんじゃないの?」
あたしは胸を張って言い返す。
大御所の酒寄さん相手には失礼な態度だが、この収録に置いて一人で部屋にいるときはこういう態度のほうが映える。
彼も長年の経験からそれはわかってくれるだろう。
もちろん、後で楽屋に謝罪には行くけど。
『えぇ……』
『朝ちゃんらしいっちゃらしいけどねー』
『ほっほ、これは面白くなりそうだね』
三人の声に、笑いが混じる。
大丈夫、あたしは自分の耳を信じている。
「見てなさい。この演奏の余韻の消え方、絶対に量産品特有のクセがある。これはBよ、間違いない!」
断言した瞬間、萌絵が小さく呟くのが聞こえた。
「……ポンコツのフリでもしてるのかな」
しばらくして、ブースの扉の向こうから、結果発表の気配が近づいてくる。
扉のノブが二つ同時に、ガチャガチャと鳴った。
あたしのいる方の扉が、勢いよく開く。
「ほらね! だから、言ったじゃな――」
言いかけた瞬間、目の前で扉がバタンと閉じられた。
一瞬、状況が理解できなかった。
扉の向こう側から、正解の発表が続いているのがわかる。
それでも、直後に響いた歓声だけは、はっきりと耳に届いた。
「「「よっしゃー!」」」
三人分の声が重なって、こちら側とは反対の部屋から響いてくる。
そこで、気づいた。
あたしが使った役は、自分の腕に絶対の自信があるから傲慢だけど、難聴になってもその態度が治らないせいで失敗を繰り返す役だった。
「み゛」