いよいよ最終問題に差し掛かっていた。
ここまでチームプライベートAIは朝香が出るたびにランクを落とし、現在は〝三流芸能人〟まで落ちていた。
井田さんが盆栽を当てるファインプレーをかましたが、朝香が外してしまっては意味がなかったのだ。
チームエコドルは普通芸能人、チーム声優は二流芸能人、チーム大御所はそっくりさんまで落ちていた。
一流芸能人を維持できるのは、別収録で個人連勝記録を伸ばしている彼くらいなものだろう。
「最後の問題は、こちら! 麻布の三ツ星中華〝
小浜さんが中華鍋を掲げて、得意げに宣言する。
その瞬間、スタジオの空気が明らかに変わった。
小浜特製海鮮チャーハン、通称浜チャー。
過去、何人もの芸能人がこの人の料理に舌を騙され、画面から消えていった。
他の高級チャーハンを差し置いて芸能人から選ばれ続けたことで、視聴者からはむしろ食べたいという声が上がり、現在ではレシピが公開されていたり、冷凍食品の企業とコラボするまでに至っている。
俺も、味覚がもし戻ったら食べたいと思っていたくらいである。
「汚名返上よ。あたしがいくわ!」
「「待て待て待て待て!」」
地獄へ自分から飛び込んでいこうとする朝香と俺と井田さんが慌てて止める。
「早まるな! 冷静になるんだ!」
「ここでお前を行かせたら……俺は一生後悔する!」
「ドラマの台詞引用して止めるのやめてくれない!?」
打ち合わせはしていなかったが、井田さんがノリでやってくれたので乗っからせてもらった。
ワンチャン2ランクダウンで消える可能性がある以上、爪痕は残さねば。
「あっはっは! もう朝香ちゃんもすっかり千三郎枠やなぁ!」
「おい、流れ弾がこっちに飛んできたぞ」
「なんか言ったか、そっくりさん」
「くっ……!」
日本を代表する大御所俳優は、ゴザの上で悔しそうに唸っていた。
「大丈夫。あたしに秘策があるの」
「まあ、聞くだけ聞こうか」
「あたしが直感で選んだものと逆を選べばいいのよ」
「「よし、それでいこう」」
「……これで納得されるのも複雑ね」
「とはいえ、最終問題を一人に任せるわけにもいかねぇ。翼、お目付役を頼む」
「わかりました。朝香のことは任せてください」
ブースに入ると、スタッフからアイマスクを手渡された。
視界が暗闇に落ちる。
正直に言えば、俺の舌はまだ本調子じゃない。
味覚障害が改善してから、まだそれほど月日が経っていないのだ。
複雑な旨味の重なりや、繊細な出汁の奥行きまでは、正直よくわからない。
わかるのはせいぜい、味が濃いか薄いか。
あとは食感程度くらいのものだった。
「まずはAから」
口に含んだ瞬間、素直にうまいと思った。
俺は元々、そこまで濃い味が好きなタイプじゃないのも大きいだろう。
「続いて、Bをどうぞ」
口に運んだ瞬間、こっちもなかなかうまいと感じた。
だけど、俺の好みとしてはAに軍配が上がる。
「最後に、Cをどうぞ」
こちらも味は少し濃いめに感じた。
「翼、どうだった?」
すべてを食べ終えてペアでの相談タイムに入る。
「正直、Aが一番好みだった。朝香は?」
「あたしは……Cかしら」
朝香の声が、柔らかくなった。
「なんていうか、懐かしい味がしたのよ」
「懐かしい?」
「昔、お父さんと家で二人きりになったときに食べた味がしたの」
朝香の父親は小説家だ。
朝香自身も忙しい身で、二人きりになることなんてそうそうないだろう。
そのときに食べたチャーハン。
つまり、男の料理的なチャーハンというわけだ。
「なら、それが浜チャーだな」
だとすれば、俺が一番好みだと感じたAこそが、正解の可能性が高い。
「……いや、待てよ」
俺の舌はまだ本調子じゃない。
味覚障害が戻ったばかりで、薄い味を心地よく感じてしまう癖が、まだ抜けきっていない可能性がある。
俺がAが一番美味いと感じたのは、味そのものの質じゃなくて、単に俺の舌がまだ濃い味に慣れていないだけかもしれない。
「俺の感覚も、無条件には信じられないな……」
自分の好みを正解の根拠にするのは危うい。
だったら、消去法だ。
朝香の言うCは、浜チャーの可能性が高いから除外。
俺の好みで選んだAも、味覚がまだ当てにならないから除外。
残るのはBだ。
「翼君、朝香さん。お時間です」
スタッフの声がかかる。
迷っている時間はなかった。
「……Bで行こう」
「翼がおいしいと思ったものじゃなくていいの?」
「俺がおいしいと思ったからこそ違う気がするんだ」
「わかったわ、翼を信じる。Bにしましょう」
俺たちはBの札を手に取って、指定された部屋へと進んだ。
部屋の中には誰もいなかった。
「あたしたちだけ……ってことは!」
朝香の顔がぱっと明るくなる。
「翼、これ、いけたんじゃない!?」
「かもしれないな……」
俺たちは最後の挑戦者だ。
おそらく、みんな浜チャーに引っかかってしまったと見た。
「結果発表―!」
扉の向こうから小浜さんの声が聞こえてきて、ドアノブがガチャガチャと鳴りだす。
今回は扉が三つある。
俺たちの方のドアノブが握られているということは正解のチャンスがあるということだ。
「正解は――」
一瞬、隣の扉が開いた気配がしたが、おそらくそれはフェイント。
つまり、俺たちが正解だ!
案の定、一瞬でこちらの扉が開いた。
「「やった――――!」」
俺と朝香は同時に両手を上げて飛び上がった。
「Aです!」
だが、再び扉は閉じられてしまった。
「「えっ」」
勢いよく飛んだ体勢のまま、支えを失った俺たち身体は真横にぐらりと傾く。
「うわっ!」
崩れ落ちる朝香を抱き留めると、彼女の頭が、俺の胸元にすっぽりと収まる。
「……大丈夫か?」
「み゛」
そして、絶命寸前のセミのような声が、腕の中から響いたのだった。
後日、この場面が放送されたとき、朝香が鳴いたのと同時に俺たちは画面から消えた。
それが反響を呼び、トレンドは〝つばあさ〟〝セミ〟〝捕鯨ゴリラ〟などのワードが並ぶことになった。
ちなみに、朝香の選んだチャーハンは冷凍食品のものだった。
朝香そっくりで、執筆マシーンらしい彼女の父親が料理なんてするわけがなかったのである。
結局、俺の選んだ味薄めのチャーハンが高級チャーハンだったわけだが、それはコース料理の最後に出されるため薄味だったとのことだった。
……やっぱり、こういった企画は知識がものを言うのだと痛感することになった。
あと、千三郎さんもいつも通り画面から消えた。