収録は無事に終了した。
……果たして、無事と言っていいか甚だ疑問だが。
少なくとも、朝香の天才女優のイメージは、これをきっかけに変わっていくだろう。
「ふふっ……これでまた役の幅が広がりそう」
「やっぱりな。お前、今日は基本的に素でカメラの前にいただろ」
カメラが回っているというのに、朝香は田中朝香のままだった。
羽田朝香でいたのは、格付けチェックに役を使用するあのときだけ。
「それはちょっと違うわね」
「え?」
「ずっと演じていたわ――田中朝香をね」
「っ!」
吊り上がった口元を見た瞬間、全身に鳥肌が立った。
「文化祭のおかげで、あたしは素の自分のままで大勢の人と関わることができるようになった。おかげで人から愛されることのない演技マシーンの愛され方がわかるようになった」
まったく演じないのと、自分自身を演じるというのは大きな差がある。
世間が抱く羽田朝香へのイメージと、彼女の素である田中朝香とでは大きな乖離があった。
それを朝香はお正月番組という、視聴率の高い大衆の面前で埋めることにしたのだ。
客観的に見た田中朝香を羽田朝香の素として大衆に認知させる。
朝香のやった芝居はそういう類のものだった。
「ははっ、あのポンコツ具合も調整ってわけか?」
「素のあたしはあんなもんでしょ」
「自分で言ってて悲しくならないか?」
「……割と心に来てるわ」
「なんか、ごめん」
とにもかくにも、収録で見せた朝香の素はトリミングされたものだったというわけだ。
そこに気が付けなかったとは、俺もまだまだである。
「てか、せっかく手に入れた普通から離れるような真似していいのか?」
「普通だって演技の糧よ。選択肢が増えただけで、あたしの本質は変わらない」
堂々と胸を張り、朝香は告げる。
「あたしの中に眠る、まだ知らない自分。それを知ったとき、あたしの芝居は進化する」
少なくとも、今日の朝香は俺ですら、ずっと素でいたと思わせるくらい自然だった。
それでいて、バラエティで露見した意外なポンコツ性と可愛らしさがきちんと全面に出ていた。
人に引かれる演技マシーンの一面をトリミングし、ここぞというタイミングで見せればギャップになる。
羽田朝香という女優は、自分という商品を魅せるのがうまかったが、ついに素の田中朝香まで使えるようになったというわけだ。
「自分のことさえ知れれば、どんな芝居もできる。セミブレードの収録が楽しみだわ」
「まったく、やっぱり朝香は根っからの演技マシーンだよ」
でも、確実に変わったことがある。
それは人を思いやるという行動を、本心から出来るようになったという点だ。
「俺も置いていかれないように頑張らないとな」
「ふふん、頑張ってついてきなさい?」
今年は再起のきっかけの年。
そして、来年はさらなる躍進の一年になりそうだ。
「デュフ、アッヒョ、オウフフフ……やはり、やはり朝香氏はそうでなくては……! ああ、芝居に生きてこそ羽田朝香ですぞぉ……コポォ」