マイクの前に立った瞬間、萌絵の纏う空気が変わった。
伝わってくるのは、胸の奥から溢れ出す炎のような熱気。
それを萌絵はオーラのように全身に纏っていた。
「助けてくれてありがとうございます! オレ、
(ビッビィ!)
爆発する主人公感。
直で聞いたことによって、まるで目の前に民吾がいるかのような錯覚に陥る。
それどころか、秋毫さんがいないのに、相棒であるムラセミの声まで聞こえてきた。
「僕は
「鋼羽の里!? オレたち、ちょうどそこに行くとこだったんです。な? ムラセミ」
(ビビィ!)
萌絵の演技は間違いなく進化していた。
朝香と演ったときに起こる周囲の景色や情景の認知が書き換わる感覚。
それを萌絵は当たり前のように芝居で出してきた。
「そいつはちょうどいい。案内させてくれ」
「ホントですか!? ラッキーだな、ムラセミ!」
(ビィ!)
相槌を打つムラセミの幻聴が止まない。
ハッキリ言って、これは異常だ。
この狭いアフレコブースの空気は、完全に萌絵が掌握していた。
「鋼羽の里には観光で来たのかい?」
「それもあるけど、一番の目的は〝日輪の儀〟です!」
この映画のあらすじに当たる民吾が鋼羽の里を訪れた理由。
それは、セミブレード発祥の地とされる鋼羽の里で開かれるセミブレード大会に参加することだった。
「君はセミブレーダーだもんな。さっきのセミゴロンとの戦いを見れば、かなり腕が立つこともわかる」
「へへん! オレ、セミエイリーグベスト4ですからね!」
シリーズあるあるだが、リーグ編では主人公が優勝できない。
主人公を強くしすぎると、その後のストーリーで成長を描きづらいというのがあるのだろう。
特に主人公が交代した斬鉄飛翔シリーズは、萌絵と秋毫さんの演技やシナリオが好評で、シリーズ人気を跳ね上げた。
予定よりもシリーズを長く続けることが決まったという背景もあり、そこそこの順位で民吾が負けることになったのだ。
「そいつはすごい。でも、この里の周辺は野生のセミブレードが活性化していて、そこで鍛えたブレーダーたちがこぞって大会に参加する。都会のセミブレーダーたちより手強いぞ?」
「くぅ……もっと強いブレーダーたちと戦えるなんてワクワクするなぁ!」
「ははっ、どうやら君も手強そうだ」
凪世弥はこのあと大会で民吾と戦うことになる。
大会自体は映画冒頭部分で行われ、そのタイミングで劇場版のオープニングである〝天翔けろ! セミブレード~夏remix~〟が流れる演出となっている。
その演出を頭で思い描くことで、俺自身も抑えきれないワクワクが声に乗った。
「そら、そろそろ着くぞ」
凪世弥の台詞に合わせて、線画の中でキャラクターたちの足取りが緩やかになる。
道の先に見えてきたのは、木々の切れ間から差し込む光と、ぽつぽつと灯り始めた家々の輪郭だった。
飄々として素の感情を見せない凪世弥だが、この台詞だけは少しだけ声を弾ませる。
自分の故郷を、初めて訪れる者に見せるときの、ささやかな誇らしさ。
その一滴を、抑えた声色の中に混ぜ込む。
「鋼羽の里へようこそ」
場面が切り替わり、里全体を見下ろす構図に変わった。
山の斜面に沿って広がる家並み、中央を貫く大きな鳥居のような門、そこかしこに揺れる幟。
遠目に多くの観光客が訪れているのがわかり、賑わいの気配が伝わってくる。
萌絵の呼吸が、マイクの向こうで僅かに変わった。
息を吸い込む音の長さで、これから来る感嘆の大きさがわかる。
「ここが、セミブレード発祥の地……鋼羽の里か! 全国からセミブレーダーが集まってるぜ!」
(ビッビビィ!)
その芝居は圧巻の一言に尽きる。
アニメを見たり、アフレコの様子を見学させてもらったことはあった。
だけど、直に掛け合いをしてわかった。
声の演技に限って言えば――萌絵の芝居は俺どころか朝香を超えている。