とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第189話 もっとブレード感が欲しいですね

 あたしの名前は羽田朝香。

 伝説のセミブレード、シガラティを演じることになった天才女優だ。

 

 防音ブースの中は、しんと静まり返っていた。

 目の前のモニターには、劇場版クオリティで彩色された完成映像のシガラティが、羽を広げたまま静止していた。

 丁寧に描き込まれた刃のような羽は、光の角度によって透けて見える。

 

 テレビシリーズの線画とはまるで違う、圧倒的な密度と説得力。

 この絵に、声で負けるわけにはいかない。

 意味を持った言葉という武器は一つもない。

 あるのはただ、一音の鳴き声だけ。

 

 あたしはアフレコが始まるまで、この一音のためだけに喉を鍛え上げてきたのだ。

 

「み゛」

 

 自分なりに作り込んできたシガラティで鳴いてみせると、ヘッドホン越しに音響監督の声が届いた。

 

『ちょっと弱いなぁ……』

「み゛ぃ!」

 

 もう一段、喉の奥から絞り出すように、震えの幅を大きくして放つ。

 

『うーん、セミすぎる』

 

 予想外の言葉に、思わず瞬きをした。

 

 セミブレードを演じるにあたって、セミらしさを追求してきたつもりだった。

 鳴き声の解像度、そのときの感情。

 それらを一音に込めたのだが、どうやら音響監督的には違ったようだ。

 

『セミ成分を抑えて、もっとブレード感が欲しいですね』

「ぶ、ブレード感?」

 

 音響監督の言葉を反芻しながら、頭の中で情報を整理する。

 

「ただのセミじゃない……刃物のような、鋭さ」

 

 つまり、音の輪郭をもっと硬く、直線的にしろということだろうか。

 セミの鳴き声特有の、あの震えるような複雑倍音を削ぎ落として、代わりに何か……そう、鋼が空気を切り裂くような、一直線の響きを乗せる。

 

 脳裏に浮かんだのは、翼の如意棒が空を裂く音だった。

 余計なものを一切纏わない、相手を打ち倒す一撃の一閃。

 あれを、声に変換できないだろうか。

 

「わかりました。もう一度、お願いします」

 

 息を整えて喉の奥の筋肉の使い方を変えてみる。

 震わせるのではなく絞る。

 複雑な音を捨てて、一つの芯だけを残す。

 

「ミ゛」

 

 自分で聞いても、さっきより硬質な響きになったのがわかった。

 

 しっくりとは来ていない。まだズレが残っている。

 セミの成分を削った分だけ、ただの記号になってしまったような薄さ。

 

 うーん、生物としての生々しさが消えるのは致命的よね……。

 

『あ、今のいいですね。OKです』

「えっ」

『次のカットいきましょうか』

 

 音響監督の声は、あっさりとしたものだった。

 

 自分の中では、まだ検証の途中だったはずなのに通ってしまった。

 この違和感を抱えたまま、次に進んでいいのだろうか。

 

 プロとして、現場を止めるわけにもいかない。

 監督のOKを信じるべきだ。

 

 頭ではそう理解しながらも、喉の奥には消化しきれない違和感が引っかかっていた。

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