事務所のテレビではひたすら、セミブレードのアニメが流れていた。
朝香は事務所のソファに陣取ったまま、セミブレードのアニメを一話ずつ止めては戻し、止めては戻しを繰り返している。
『オレは絶対に諦めない! どんなに強い相手だろうが、オレには一緒に戦ってくれるセミブレードたちがいる。今までだって、何度も、何度も何度も何度も何度も負けて! 悔しくて、情けなくて……それでも、みんなで立ち上がってきたんだ! だから、今回だって同じだ。最後まで自分とセミブレードたちを信じる。それがオレのセミブレー道だ!』
「……やっぱり、何度聞いてもすごい」
唖然とした様子の朝香から賞賛の言葉が零れ落ちる。
「子役時代から肺活量と活舌は異常だったが、ここまで仕上げてるとはな」
「息継ぎのタイミングが普通じゃない。アニメの魅せ方に合わせるために、人体の呼吸を無視してる。それでいて、スタミナがまるで切れていない」
俺は付き合わされる形で、隣のソファに腰を下ろしていた。
シガラティの収録が始まって以来、朝香はこの調子だ。
萌絵の演技を咀嚼して、自分の糧にしようとしている。
「もう何周目だよ、それ」
「まだ足りないわ」
画面の中で、民吾がムラセミに向かって叫ぶ。
『ムラセミ!』
朝香はその瞬間だけ音量を上げて、また止める。
「ここ! ここの『ムラセミ!』の一言だけで、緊張と信頼が同時に乗ってる!」
朝香の顔には、明らかに焦りの色が見えた。
俺の予想通り、朝香も理解してしまったのだろう――萌絵の芝居が、自分の遥か上の次元にあるのだと。
いくら専門が違うとはいえ芝居で負けたのだ。
ずっとトップを走り続けてきた朝香にとって、これほど悔しいことはないだろう。
……俺だって悔しい。
ずっと朝香を超えることを目標にしてきたのに、超えられたのはプライベートAIの火事場の馬鹿力みたいなメソッド演技。
西遊記での芝居もようやく並べるといったところだ。
それなのに、萌絵は声という武器を鍛えて一点特化させることで朝香を破った。
「さすがに、休憩挟んだ方がいいんじゃないか」
「休憩してる場合じゃないのよ。あたしには時間がない」
そう言いながら、朝香はもう再生ボタンに指をかけている。
そこへ事務所の扉がノックもなしに開いた。
「もう九時過ぎてるわよ、二人とも」
入ってきたのは、朝香のマネージャーで、叔母でもある愛夏さんだった。
腕時計にちらりと視線を落としてから、呆れたようにため息をつく。
「ごめんね、翼君。この子に付き合わされて大変でしょ?」
「いえ、俺も朝香と見るのは勉強になるので……」
自分の解釈と朝香の解釈を擦り合わせて見ると、吸収効率がいいのだ。
「愛夏姉さん、お願い! 今はじっくり研究したいの! 家だと天太や沙也加がいるからゆっくり見れないし……」
「あー、あの子たちセミブレード好きだもんねぇ」
愛夏さんは苦笑しながら続ける。
「それでも、これ以上はダメ。時間かけて役作りした以上、それがあなたがプロとして納品できる芝居よ」
「み゛ぐっ……」
痛いところを突かれて朝香が呻く。
「あんまり気負わないで、純粋な気持ちで見たら? それこそ弟たちの純粋な感想でも聞いた方がいいでしょ」
「み゛み゛み゛……!」
「……それと、あんまりセミ化しすぎないでね?」
「それに関しては手遅れだと思いますよ、愛夏さん」
だって、お正月以来、朝香がセミのように鳴いて消える切り抜き動画やMADが死ぬほど量産されているもの。