劇場版アニメには、ゲスト声優として俳優がキャスティングされることも珍しくない。
そして、映画を見る人たちは俳優が声優をやったときの棒読みに慣れていることもあり、最初から期待されていない。
だからといって、最低限のクオリティで満足できるわけがない。
俺も朝香も今回は挑戦者。
初心に返って望むだけだ。
「とはいえ、掛け合いじゃないと芝居が伸びないんじゃなぁ……」
「おう、翼。何か悩み事か?」
「千三郎さん。お疲れ様です」
今日のアフレコは千三郎さんと一緒だった。
「いえ、一人でアフレコに臨むと、どうにも最低限のクオリティしか出せなくて……」
「カァー、贅沢な悩みだねぇ」
千三郎さんは呆れたように肩を竦める。
「お前さんの芝居は〝商品〟として十分な質を担保できている。向上心があるのは結構なことだが、声優が本業じゃねぇ奴がナマ言ってんじゃねぇよ」
「うぐっ……」
結局のところ、俺も朝香も自分が納得できていないというだけの話だ。
俺たちが納得できないかどうかは関係ない。
制作陣を納得させ、そして最終的に見た人を納得させる。
それが優先されるべきことだ。
「芝居に納得できてねぇのは俺ら役者の宿命みたいなもんだ」
「はい……!」
「まあ、色々言ったが、今日のシーンはお前さんにとってもいい機会だ」
千三郎さんはそう言うと、台本を小脇に挟んで伸びをした。
「冥土の土産と思って、俺の芝居、ちゃんと糧にしていけよ」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ」
ブースに入ると、空気が変わった。
さっきまでの飄々とした調子が、嘘のように消えている。
両賀千三郎という役者が、静かにスイッチを入れたのだ。
「本番、いきまーす」
音響監督の声が響き、モニターにキャラクターが浮かぶ。
巨大な飛行要塞から降り立った今作のヴィラン、キャプテン・ゼアミが不敵に笑う場面だ。
「クハハ、俺様の野望の第一歩にしてはケチ臭ぇ遺跡だ」
低く、腹の底から込み上げるような笑い声だった。
セリフとは裏腹に、高揚感が滲み出ているのも、こいつが今作のヴィランだとわかりやすい芝居だった。
一歩踏み出した瞬間、セミブレードの技が飛んでくる。
「ここは聖剣を祀る日輪の祠。部外者は立ち入り禁止だ。お引き取り願おうか」
「はん、こんな小僧が守り人か……鋼羽の里の質も随分と落ちたらしい。セミブレード発祥の地が聞いて呆れるわ」
年季の違いを感じさせる強者の芝居。
その芝居に引っ張られて俺も負けじと抵抗する。
「舐めるなァ! 蹴散らすぞ、クマゼボルグ!」
「クハハ! 威勢だけはいっちょ前だな!」
俺の芝居は千三郎さんのものに、まるで拮抗できていない。
それが、画面の中の俺たちともリンクしていた。
「俺様の野望は誰にも止められねぇ!」
千三郎さんの声には、何かを取り戻そうとしているかのような執着が乗っていた。
声だけで〝本気で手に入れないと気が済まない〟という執念が、痛いほど伝わってくる。
「クハハハハ!」
千三郎さんの哄笑が、俺の決意の薄さをそのまま呑み込むように響く。
『はい、OKです!』
音響監督の声が飛ぶ。
「いい芝居だった」
アフレコが終わると、それだけ告げて千三郎さんは去っていく。
「かっけー……」
その背中はあまりにも大きく、大樹のようだった。
結局、俺も朝香も、未だに大樹に止まって蜜を啜るセミでしかないのだ。