秋毫さんに現状の課題をピタリと言い当てられてしまった。
「なんで、わかったんですか」
「ううん? だって、西遊記を見れば翼君の武器が所作で感情を引き出す演技法なのはわかりますし、朝香ちゃんに関しては私も通った道ですから」
俺も朝香も言葉を失った。
萌絵の芝居に圧倒されたと思ったら、またとんでもない人が出てきたものだ。
声優業界ってバケモノしかいないのか……いや、あの二人は外れ値か。
「では、さっそくあなたたちの芝居を聞かせてください」
「わかりました」
「ん、こほんっ……」
俺たちは一瞬でスイッチを入れて掛け合いを始める。
「待ってくれ、シガラティ! 僕だ、凪世弥だ!」
「ミ゛ィィィ!」
「くっ、仕方がない……クマセボルグ!」
「はい、OKです」
パンと手を叩いて、秋毫さんは芝居を中断させる。
「お二人共、逆でやってみてください」
「「え?」」
「凪世弥とシガラティを逆でやるんです。できますよね?」
一瞬、頭が真っ白になった。
セミブレードのセリフは意味を持たない鳴き声だけ。それを、テクニカルアクティングでやれというのか。
「翼。できるわよね?」
朝香が挑発的な視線を寄越してくる。断る理由なんてなかった。
「上等だ」
俺たちは再び掛け合いを始める。
「待ってくれ、シガラティ! 僕だ、凪世弥だ!」
身体は一切動かない。それでも、声だけで少年の緊張と孤独が滲み出ていた。
朝香のメソッド演技は、経験や感情を役に注ぎ込む技法だ。
動かなくても感情を引き出せるのは、彼女がこれまで演じてきた無数の役の中に、凪世弥と同じ質感を持つキャラクターが幾つも眠っているからだろう。
その場から動かずに階段を駆け上がったあとの汗や息遣いを再現できるのだ。
これくらいお茶の子さいさいだろう。
対する俺は人差し指を唇に乗せた。
子役時代、アニメ映画で使った技法だ。
声帯だけでなく、指先で唇の震えを物理的に作ってやることで、声に人工的な震動を足す。
「み゛ぃぃぃ!」
ただこれは本当に音を出しているだけ。
理想の音であって感情が乗らないのが致命的な弱点だ。
「くっ、仕方がない……クマセボルグ!」
朝香は凪世弥のまま芝居を続ける。
「〝爆砕連撃!!!〟」
まるで少年漫画の主人公のように技名を叫ぶ。
その姿はまさに、俺が演じたかった長那凪世弥そのものだった。
「いやぁ……よかったですよ、お二人共」
二人分の芝居を聞き終えた秋毫さんが、ゆっくりと拍手をした。
「翼君は、テクニカル・アクティングで震えと硬さを同時に鳴らした。朝香ちゃんは、メソッド演技で身体を動かさずに少年の感情を出した……それ、二人とも、元々持ってた武器ですよねぇ?」
言われて、はっとした。
新しい何かを開発したわけじゃない。ただ、自分の手札を、相手の役で使っただけだ。
「でも、本来の役に活かせないんじゃ意味が――」
「いや、活かせるわ」
神妙な面持ちで朝香が告げる。
「あたしの演じた凪世弥の声のトーンを完コピすれば、喉や横隔膜、瞳の動きから翼は感情を引き出すことができる」
「っ、そうか! メソッド・オブ・フィジカルアクションの行動の起点を肉体内部に持ってくれば、マイクにノイズを入れずに感情を引き出せる」
「あたしの場合、シガラティの音の出し方さえわかれば、感情を乗せるのは簡単よ」
つまり、お互いの芝居を軸に役作りを再構成すれば、俺たちは理想の役へ辿り着くことができるのだ。
「灯台下暗しって、こういうことを言うんですよ」
秋毫さんはパック酒をちゅっと吸うと、悪戯っぽく笑った。
「萌絵ちゃんは確かに上手いです。でも――彼女よりもっと上手い人、いますからね」
その一言に、稽古場の空気がぴたりと止まった。
「ふふふっ……あはははっ!」
そこで朝香は突然笑い出した。
「最っ高、じゃない! まだ上がいるっていうの!?」
アドレナリンドパドパの朝香は、頬を紅潮させて高笑いを続ける。
「絶対に追いついてみせるわ。翼が何度もあたしに挑んできたように!」
「なら、やることは一つだな」
初心に戻って高く聳える壁に上る。
ただそれだけだ。