今回のアフレコは、劇場版公開を記念した特別企画も兼ねていた。
いつもと違い、スタジオにはカメラを構えたスタッフが数名入り込み、収録風景そのものが撮影されることになっている。
「はい、では本日の収録ですが、映像としてアフレコ風景を撮影させていただきます。注意点としては、株地さんは顔が出てしまうとまずいので、一番端のマイクのみを使用してください」
ディレクターの説明に、参加者一同が頷く。
とうとう、今日はセミブレードシリーズのメインキャストと、ゲストである俺たちが勢揃いする日だった。
「翼氏、緊張してますかな」
横に並んできた萌絵が、こちらの顔を覗き込んでくる。
「そりゃするさ。こんな豪華な顔ぶれと顔合わするんだからな」
「オッホ、心にもないことを」
実際、緊張なんてしていなかった。あるのは、すごい役者と演れるという高揚感。
朝香と共に鍛えた刃で戦うのだと思うと、武者震いが止まらなかった。
「ま、多少マシにはなったようですな」
「わかるのか」
「二人して腑抜けた顔してましたからなぁ。ま、ガッカリさせないでくだされ」
萌絵が鼻を鳴らしたところで、スタジオの扉が開いた。
「わかりました。本日はよろしくお願いします」
声のした方を見て、思わず言葉を失った。
うっわ、すっげぇ清楚系美人……。
丁寧にお辞儀をするその姿は、落ち着いた大人の女性そのものだった。
えっ、この人が本当に台パンでドラミングしながら汚い叫び声をあげてバズった、あの株地由羽なのか?
「本日は何卒よろしくお願いいたします」
「ああ、いや、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
配信で見る捕鯨ゴリラの姿とのギャップに、頭がついていかない。
「マカちゃん、久しぶり!」
そんな俺の混乱を他所に、秋毫さんが親しげに歩み寄っていく。
「うっお、ノノ! 久しぶりじゃん!」
株地さんの声から、一瞬で配信で聞いたことのある砕けたトーンが滲んだ。
知り合いなのだろうか。
「マカさん、ご無沙汰です!」
「おうふっ」
タックルのような勢いで萌絵に抱き着かれ、株地さんの姿勢が九の字に曲がる。
「萌絵ちゃん、久しぶり!」
「また共演できるなんて嬉しいです!」
「あははっ、こっちのセリフだぞ、このこのー!」
「お客様! 困ります、あーっ! お客様! あーっ!」
萌絵は、株地さんに捏ね繰り回されて嬉しそうにネットミームを叫んでいた。
どうやら萌絵も知り合いだったようだ。
ということは、株地さんって元声優なのだろうか。
「くっ、推しが眩しすぎて見ることができねぇ……!」
そんな三人を他所に、スタジオの隅で千三郎さんが両手で顔を覆いながら唸っていた。
株地さんの方を向きそうになっては、震える指の隙間から視線を逸らし続けている。
「千三郎さんって、株地さんのファンなのか?」
「推しらしいわ」
いつの間にか挨拶周りを終えた朝香が、ぬるっと俺の隣にいた。
「さすが、千三郎さん。Vtuberも守備範囲だったか」
感性が若いとは思っていたけど、日常的に配信まで見てるとは思わなかった。
「赤スパ定期的に送ってるから相当入れ込んでるわよ」
「ってことは、株地さんって相当すごい人なんだろうな」
俺もVtuberの切り抜きとか普通に見る。
その中でも、西遊記の切り抜きでバズった彼女を見たときは、つい口角が上がってしまったくらいだ。
普通に俺たちの演技を評価してくれていて嬉しかったのもあるけども。
「俺ァ、どうすりゃいいんだ……」
「七十過ぎの限界オタクってレアよね……」
朝香は呆れたように呟く。
日本を代表する大御所が、Vtuber相手に限界オタクと化していた。