いよいよ、本番の収録が始まった。
今回のシーンは、映画の後半部分に当たる場面だ。
里を襲う黒化したセミブレードの群れ、そしてキャプテン・ゼアミに操られ暴走するシガラティ。
俺の演じる凪世弥は、最初に暴走したシガラティと対峙したときに手持ちのセミブレードが全滅させられている。
それ故に治療中という設定のため、民吾とムラセミがシガラティを食い止めている間に、言葉だけで語りかける役目を負っている。
モニターの中、シガラティが赤い光を纏いながら暴れ狂っていた。
その荒々しい輪郭の向こうに、稽古場で何十回と見てきた朝香の芝居が透けて見える気がした。
「シガラティ、覚えてるか! いつか、俺が一人前のセミブレーダーとして成長したら、一緒に旅をしようって言ったよな?」
朝香と交わし続けてきた稽古の成果が、声に乗っているのがわかった。
朝香が見せてくれた喉の動きをなぞり、それに呼応して感情を引き出す。
「み゛っ……み゛ぃぃぃっ!」
朝香の鳴き声には、抵抗と苦しみが同時に滲んでいる。
セミ感とブレード感の両立。
それを出すために朝香は、人差し指で唇を震わせつつ芝居をしていた。
俺が長年鍛え続けてきた技法が、朝香の芝居の助けになっていると思うと感慨深いものがある。
「もうやめてくれ、シガラティィィッ!」
民吾役の萌絵が、更に感情の温度を引き上げてくる。
あの狂気じみた妄信を抱えていた萌絵とは思えない、迷いのない真っ直ぐな叫びだった。
「ビビィ、ビビビィィィ!」
秋毫さんのムラセミも、攻撃を止めながら悲痛にシガラティへと訴えかけている。
二人のコンビネーションが、俺たちを飲み込もうとする。
向こうがどれだけ長年声優としてやってきたかなんて関係ない。
俺たちは、絶対負けない!
「戻ってきてくれ、シガラティ!」
「み゛み゛み゛んん!」
俺と朝香は、互いの武器を交換して積み上げた稽古の分だけ、深く踏み込んでいった。
萌絵たちのギアが上がるのに合わせて、俺たちも一段ずつ引き上げていく。
「クハハハハ! 無駄だ無駄だァ! もう遅い!」
千三郎さんの哄笑が、混沌とした戦場に低く響き渡る。
これまでのアフレコで散々見せつけられてきた、大樹のように揺るぎない安定感だった。
どれだけ俺たちが感情を積み上げても、その一段上から悠々と見下ろしてくるような、圧倒的な余裕。
その余裕にすら食らいつく勢いで、俺と朝香は声を重ねていく。
「シガラティ! 俺の声を聞いてくれ!」
「み゛ぃぃぃ……み゛……ん……」
僅かに朝香の鳴き声の震えが弱まった。
台本上、ここが暴走が止まりかけたように見える瞬間だ。
スタジオの空気が、ほんの一瞬だけ緩む。
このまま声が届く。
誰もがそう感じた、その矢先だった。
「ゼアミ様。作戦を実行いたします――ご命令を」
混沌とした状況の中、静かな声が滑り込んできた瞬間、アフレコ現場の空気は一変するのであった。