大人数でのアフレコも終わり、俺と朝香、そして萌絵は再び個室のあるレストランへやってきていた。
朝香が強引に様子のおかしい萌絵を誘ったのだ。
こうして朝香が人の様子を気遣って食事に誘うなんて、全米が泣くレベルである。
「……なんの用ですかな?」
「あなたの嫌いな〝解釈違いの羽田朝香の気遣い〟ってところかしら」
「オウフフ……面白い冗談ですな」
二人の間では火花がバチバチと散っていた。
「お前ら、そんなに仲悪くなるなんて何かあったのか?」
「いいえ、何もありませぬぞ……ええ、何もありませんとも」
握り締めた拳は震えており、こめかみに青筋が浮かんでいるあたり、何もないわけないだろうに。
「まあ、原因はわかってるけどな」
萌絵の目は、昔の俺が朝香を見てたときと同じだった。
「最近、人の心を手に入れてポンコツな一面を出すようになった朝香に、解釈違い起こしてキレてんだろ?」
「ちょっと待って。ボロクソ言い過ぎじゃない?」
「褒めてるんだけどなぁ」
狂気じみた妄信の目。
ルナが気にかけてほしいと言っていた意味が、ようやくわかった。
今の萌絵は、昔の俺がそのまま拗らせて成長してしまった姿だ。
羽田朝香ならこうする。
その理想像を押しつけ、本人を見ようとしていないのだ。
「それで今日のあたしの芝居はどうだった? あなたにも負けていなかったと思うけど」
「翼氏と高め合った芝居で拙者に並ぶなど、羽田朝香の芝居ではござらんなぁ」
萌絵は心底不満げにそう漏らした。
「誰かと共に生きる芝居など、羽田朝香の芝居ではござらん。孤高にして絶対強者。踏みにじり、食い散らかし、全てを飲み込む凄みこそ、羽田朝香の芝居ですぞ」
「ホント厄介ね、この子……」
真っ黒に輝く瞳で告げられた朝香は、ゲンナリとした様子で肩を落とした。
「それに、マカさんに全て持って行かれていたではありませんか」
「いや、本当にビックリしたわよね」
「ああ、ダークホースにもほどがあったよな」
「翼と一緒に殻を破ったと思ったらアレだもの。上には上がいる。この世界は退屈しないわね」
完全敗北を喫した朝香の表情は、実に晴れやかなものだった。
やっぱり、文化祭を終えてからの朝香は前よりいい顔をするようになった。
だけど、それが気に食わない人間もいるらしい。
「チッ……」
「あらあら、よっぽど今のあたしが気に食わないみたいね」
朝香は表情を強張らせながらも、萌絵を煽り始める。
「そんなにあなたの理想のあたしは愚かなのかしら?」
「愚か? ……羽田朝香がァ?」
あ、やばい。
変なスイッチが入った音がした。
「一度もテレビから消えずに、私たちのトップを走り続けた羽田朝香が愚か? 笑えない、冗談。自分がどれだけすごい結果を出したかわかっていない。私たちの憧れで、その背中だけで役者としてのあり方を示し続けたあなたが愚かなわけがない! 何故、自分の成果を否定するんだ! 芝居に生きるあなたがどれだけ眩しいか、それがわかっていないのか!」
「その言葉、そのままあなたへお返しするわ」
「……っ!」
初めて萌絵が言葉に詰まった。
「あなただって、声という長所を伸ばしてここまで来たじゃない。同世代の声優トップのあなたがそれを否定するなんて他の声優やファンに対して不誠実だわ」
その言葉は俺にとっても、耳が痛い話だった。
俺も朝香と比較して自分を卑下するところがあったから、萌絵の気持ちもわからないでもなかった。
自分を肯定しないということは、俺と競い合うライバルや、俺を応援してくれる人たちに対して不誠実な態度だったのだ。
「私は、そんな大それた人間じゃ……」
萌絵は勢いを失って俯く。
その姿からは、朝香の厄介オタクだけではない何かがある気がした。
俺が母親の呪縛に囚われ、人から必要とされることに固執したように、萌絵にも何かあったのではないだろうか。
「教えてよ、
「っ、私の、名前を」
朝香は名前を呼び、真っ直ぐに萌絵の瞳を見据えた。
そこには狂信者の濁った輝きはなくなっていた。