「なっ……」
萌絵が予想外の事実に言葉を失っていた。
朝香はグラスの水を一口飲んでから続けた。
「声優に転向してもよかったんだけど、思ったよりも身体を使った演技が性にあってたの。だから、あたしはそのまま女優としてあり続けた――あたしは自分が一番輝ける場所を選んだだけ」
萌絵の唇が、わなわなと震えた。
「朝香さんが、声優に?」
「そ、あなたが結果を出した世界よ。お父さんの作品にも何作か出てたときは嫉妬したもんだわ。あの人、娘だからって絶対忖度しないタイプだし」
朝香は苦笑すると続ける。
「あなたは純粋な実力じゃないっていうけどね。お父さんが萌絵にヒロインをやってもらいたいってオファーを出したとき言ってたわ――ヒロインは川越萌絵で脳内再生して書いてたってね」
それは声優に対する原作者からの最大の評価だった。
「あたし、純粋な実力なんてものこそ、まやかしだと思うわ」
「だって、私は芝居だけでここまで来たわけじゃ……」
「一人で売れる役者なんていないわ」
朝香は、毅然とした態度で告げる。
「子役時代から、あたしの売り出し方には、事務所の思惑や世間の期待もあった。天才女優なんて肩書きだって、作られた部分はたくさんある」
俺もかつては、萌絵と同様に朝香は純粋な実力だけで売れたと思っていた。
朝香レベルの役者が同世代にいなかったせいで見えなくなってしまっていたのだろう。
この芸能界で、そんなことあるわけがないのに。
「あなたの言う〝何にも媚びない羽田朝香〟は、いろんな大人たちのマーケティングの結果よ。そして、それこそがあたしがここまで売れた理由よ」
萌絵は俯いたまま、しばらく動かなかった。
やがて、ぽつりと零れた。
「……バカみたい。私、あなたの何を見てたんだろう」
萌絵は乾いた笑いを漏らした。
「バカじゃないさ」
俺は思わず口を挟んでいた。
「俺も同じだった。朝香を理想にして、自分を卑下して、朝香本人を見てなかった。だから、萌絵の気持ちはよくわかる」
朝香が、チラリと俺を見る。
その目は、やっぱり優しかった。
「それは悪いことじゃなかったと思う。憧れがあったから、結果が出るまで努力できた。その積み重ねは本物だ。だから、否定しなくていい」
「翼君……」
「俺が復帰して売れているのも、結局はネットミームになったからっても大きいからな」
チャンスはいつ目の前に振ってくるかわからない。
俺たちみたいなやった分だけ結果が付いてくるわけじゃない業種の人間は、目の前のチャンスが来ることを信じて研鑽し続けるしかないのだ。
「人事を尽くして天命を待つ。運も実力の内ってのは俺たちのためにあるような言葉だとは思わないか?」
「綺麗にまとめちゃって……あなた本当にいつもいいとこ持ってくわね」
頬を膨らませると、朝香は萌絵に向き直って告げる。
「萌絵。自分の努力を否定しないで。あなたを応援してきたファンやあなたを評価している人たちに失礼よ」
「っ……!」
萌絵の瞳から、ぽろりと涙が落ちた。
朝香はしばらくその顔を見つめてから、俺に視線を向けた。
肩を竦めて、口の端だけで笑ってみせる。
拗らせ方まで俺とそっくりだった同期は、ようやく肩の荷を下ろした。
そして、後日――キャストが発表され、劇場版セミブレードは炎上した。
「み゛」