登校前に日課の自主稽古目的で事務所を訪れると、既に朝香がいた。
しかし、朝香は稽古もせずに険しい顔でスマホを眺めていた。
「……翼、これ見て」
朝香がスマホを突き出してくる。
劇場版のキャスト解禁から二日。
トレンドには〝セミブレード〟と並んで〝Vtuber起用〟〝株地由羽〟〝両賀千三郎〟の文字があった。
[話題作りでVtuber使うのやめろ]
[誰得案件]
[棲み分けしてんのに、勝手にこっちにこないでほしい]
最初の内は、そんなありふれたアンチの書き込みだった。
だが、段々と内容は変わっていった。
[これが芸能界の闇]
[大御所芸能人が絵に大金落としてて草]
[いい歳してバチャ豚とかキモすぎwww]
そこには〝てぇてカラス〟というアカウントが株地さんの配信で行ったスーパーチャットのスクリーンショットが貼り付けられていた。
「このてぇてカラスって……」
「師匠の推し活アカウントよ」
最初はVtuberを声優に起用するのはどうなのか、という話題だったのに、現在はVtuberに金をつぎ込むおじさんがキモいという話題にすり替わっていた。
「でも、これだけじゃ本人ってわからないんじゃ……」
「SNSの方のアカウントで撮ってる写真に写ってる手や景色、顔の反射で特定されたっぽいわ」
「特定厨こっわ」
一体何が彼らをそこまで駆り立てるのだろうか。
「でも、これ千三郎さんは変な文章送ってるわけじゃないだろ」
取り沙汰されているスパチャは、〝いつも応援しています〟や〝元気をもらっています〟などの簡素な感謝の言葉であり、配信中のコメントも配信内容にあったツッコミや〝草〟に留まっている。
とてもじゃないが、千三郎さんのコメントマナーが悪いとは思えない。
「問題は金額よ」
「あー、言われてみれば赤スパが多いな」
一万円以上のスーパーチャットはコメントが赤くなることから通称〝赤スパ〟と呼ばれている。
千三郎さんはこの割合が多いのだ。
……別に稼いでる人なんだから、趣味にいくら使ったって良いだろうとしか思わないけど。
[【悲報】大物俳優、劇場版共演のVtuberに多額の金を貢いでいたと判明]
[権力使って推しと共演した説あるだろこれ]
[この絵畜生も大御所に目つけられて逃げられなかったんじゃね]
「なっ……」
朝香が、絶句したまま画面を凝視していた。
だが、本当に厄介なのはここからだった。
[当時モデルだった奥さん、ドラマ共演がきっかけだったけど、あれ千三郎が制作に圧かけて共演させたらしい]
[当時の現場にいたけど、あの人の現場での振る舞い、ほんとヤバかった]
[昔から立場使って好き勝手やってた人だよ]
「……待て。この〝現場にいた〟って人、アカウント作ったの最近で怪しいぞ」
「それでも、見た人は信じるわよ。もっともらしい語り口だもの」
朝香が唇を噛む。
さらに、一つの記事がトレンドを駆け上がってきた。
〝両賀千三郎の息子・灰瀬優二、新宿の居酒屋で暴露「俺は親父のコネでしか仕事をもらえないダメ役者だよ!」〟
「あのクソバカ放蕩息子……!」
「酔ってる姿をすっぱ抜かれたのか。確かに、千三郎さんを切り崩そうと思ったら、優二さんは狙われるよな……」
実際は、優二さんを起用した現場の人間が、千三郎さんに世話になった恩返しのつもりで声をかけただけだ。
千三郎さん自身は、何もしていない。
しかし、事実は面白くない。
そこへ、炎上系U-tuberの動画まで投下された。
〝【暴露】両賀千三郎の闇 テレビで見せるお茶目は嘘だった〟
サムネイルには、千三郎さんの顔が派手な赤文字と矢印で加工されている。
「ひどい切り取り方……」
「再生数、もう三十万か。こういうのは伸びるよな」
投稿者は、過去の些細な話を寄せ集めて、悪印象になるように並べ直しているだけだった。
それでも、見出しの強さだけで人は集まる。
「千三郎さんが、権力を使って好き勝手やってきた人だって印象操作されてる」
「この手の連中、本当に事実なんてどうでもいいのね」
どうでもいい、というより、事実は不要なのだろう。
SNSでこういった投稿をしている連中は収益化をしている人間たちだ。
叩くことが、そのまま金になる仕組み。
バトルSNSと化したこの場所では、攻撃的な発言が歓迎され、擁護派との殴り合いが始まってしまうのだ。
「株地さんへの叩きは、これで収まったかもしれない。けど……」
「今度は、千三郎さんと制作陣が矢面に立たされてる」
俺たちが言い終わるより早く、朝香のスマホが震えた。
画面には〝師匠〟の二文字。
「……千三郎さん?」
『朝香、翼と一緒だな。放課後にちょいと時間くれねぇか?』