俺と朝香は放課後、千三郎さんの指定した場所へとやってきた。
「高級料亭じゃん……」
「あー、ここって表であんまり知られてない芸能人御用達の料亭なのよね」
通されたのは、庭園に面した奥の座敷だった。
磨き込まれた座卓を囲んでいたのは、思わず背筋が伸びる顔ぶれだった。
千三郎さん。
劇場版セミブレードの監督と、プロデューサー。
秋毫さんと、萌絵。
そして、一番端で膝を抱えるように縮こまっている株地さん。
「……私のせいで、こんな……」
株地さんは、消え入りそうな声で俯いていた。
自分に向いていた悪意が、千三郎さんへ飛び火したことを、誰よりも重く受け止めているようだった。
「マカさんのせいじゃありません」
萌絵が、すかさず声を上げる。
「悪いのは、勝手に邪推して記事にした連中と、それに乗っかって騒いでる奴らです」
「そうだよ、マカちゃん」
秋毫さんも、優しく肩に手を置いた。
「全員、ご足労いただきありがとうございます」
千三郎さんが、重い声で口を開いた。
いつもの飄々とした調子は、今日はどこにもない。
「まずは謝罪を。私のせいで、せっかくの作品に泥を塗ってしまい、大変申し訳ございませんでした」
千三郎さんは、まっすぐ座敷の全員を見渡して頭を下げた。
「謝ることないですよ、千三郎さん! あなたの応援にはいつも勇気づけられてましたし、適切な距離の推し方だったと思っています! ……ま、まあ、さすがに芸能界の大御所に推されると知ったときは脳みそ飛び出るかと思いましたけど」
「心臓じゃないんだ……」
株地さんに続くように、監督も口を開く。
「今回の件は、両賀さんのせいではありません。そして、Vtuberである株地さんを起用したことも間違っていたとは思いません」
監督が静かに続ける。
「株地さんの起用は、宣伝効果、作品のクオリティ……それらを両立する最適な人選だったと我々も考えております」
「ただ……」
プロデューサーが、険しい表情で口を挟んだ。
「事実がどうであれ、世間には〝大物が権力を使った〟という物語のほうが刺さります。正論を出しても、面白いほうを信じたい人には届きません」
「アンチはより大きな敵と戦っている自分に酔うものですからね……」
座敷に重い沈黙が落ちる。
「あのぉ……今回の件ってそこまで大事にすることなんでしょうか?」
そこで挙手をした秋毫さんが、おちょこを呷ったあとにそんなことを言い出した。
「だって、我々は何も悪くなくて、ただVtuberアンチが放火してきただけじゃないですか。映画を見れば、マカちゃんが実力で起用されたことくらい皆さんわかると思いますよ」
「いや、しかし、俺のせいでこんなことになったと思うといてもたってもいられなくて……」
千三郎さんが、珍しく弱々しい声を漏らした。
あの豪快な彼が、こんな顔をするのを初めて見た。
「師匠。慌てすぎですよ。いつもみたいにドンと構えててもらわなきゃ」
「そうですよ、千三郎さん。とりあえず、バカ共はまとめて開示請求してやればいいんですよ」
「まあ、その辺は事務所の仕事ですがな」
今回の一件は炎上というより、ただの放火である。
放火魔共は事務所側から法的手続きをとって終わり。
それだけの話なのだ。
……とはいえ、殴られっぱなしというのも気に食わない。
庭園の鹿威しが、かこん、と鳴った。
「一つ、提案いいですか?」
「なんだ、翼」
「このまま映画公開、開示請求が通るまで作品にケチがついたままっていうのも気持ち悪くないですか?」
「そりゃ、巻き込まれたお前からしたらそうだが……」
別に千三郎さんや株地さんが悪いとは毛ほども思っていない。
単にコンテンツやそれに関わる人たちをこき下ろした人間が笑ったままなのが、気に食わないのだ。
芸能人には有名税というものがある。
知名度がある以上、好き勝手にプライベートを踏み荒らされ、心無い言葉を投げつけられてしまう。
もちろん、俺たちはそれを覚悟の上で活動している。
だが、覚悟があるからといって、踏み躙られていいわけではない。
「元々株地さんを起用したのは、彼女の声優時代の演技力以外にも、昨今勢いのあるコンテンツであるVtuberの宣伝力を使いたかった。そうですよね、監督、プロデューサー?」
「そう、だが……それがどうしたというんだい?」
怪訝な表情で俺を見やる監督へ提案する。
「こっちが燃やされたんなら――こっちも奴らを花火の種火にしてやりましょう」