とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

207 / 207
第207話 脳破壊される側視点 パート27

 あたしの名前は羽田朝香。

 三歳のとき朝ドラで子役デビューしてから最近波に乗っている天才子役だ。

 七歳の秋、あたしは連続ドラマ〝高座の灯(こうざのあかり)〟の現場に来ていた。

 

 落語一門を舞台にしたドラマで、あたしの役は真打ちの孫娘・灯だ。

 灯はいつも袖から祖父である師匠・春遊亭光明(しゅんゆうてい)の芸を見ている女の子だ。

 その光明役は、日本で最も有名な俳優である両賀千三郎だった。

 

「羽田朝香です! よろしくお願いいたします!」

「今日はよろしくね。朝香ちゃん」

 

 挨拶へ向かうと、千三郎さんは穏やかな笑みを浮かべていた。

 見上げると、着物姿の大きな男の人が、腰を屈めて笑っている。

 六十を過ぎているはずなのに、あたしには山のように見えた。

 

「ご指導ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願いします」

「おお、しっかりしてるなぁ。お利口さんだな」

 

 子供相手の、優しい大人の顔だった。

 だけど、それはあたしがただの子供と思われているということ。

 その認識を書き換えてやる!

 

 撮影の初日、あたしは自分の仕事を終わらせるつもりで臨んでいた。

 落語の映像や彼のプロフィールは、事前に何度も見てきた。

 それを自分なりに補って、役として取り込んでいる。

 

 場面は、袖から師匠の噺を見て真似る、というもの。

 

「では、いきます」

 

 千三郎さんが高座に上がり、〝まんじゅうこわい〟が始まる。

 袖で師匠の噺を聞き、真似て口遊む。

 最後の場面で、あたしは頬を緩めて笑った。

 

「カット」

 

 このドラマの監督である手木当夜(てきとうや)監督が、感心したように頷く。

 

「いやあ、すごいな。七歳でこれか。そのままOKだね」

 

 監督もあたしの芝居に圧倒されたのか、すんなりOKを出してくれた。

 

「おい、小娘。その程度か?」

 

 撮影の合間、千三郎さんが声をかけてきた。

 あたしを見下ろすその目から、さっきまでの優しさが消えていた。

 

「今のは、談喜師匠だな」

 

 心臓が、ドクンと鳴った。

 

「……はい。彼の映像を見て、勉強してきました」

「だろうな。間も、目線も、息の詰め方も、談喜師匠の癖がそのまま出てた。よくできてる。てぇしたもんだ」

 

 認められたと思ったけれど、千三郎さんは続けた。

 

「だが、それじゃダメだな」

「えっ」

「お前さんは、まだ高座を見ているだけの小娘だ。〝高座を見ている女の子〟を演じなきゃならねぇのに、〝高座に立つ人間〟の目で見てやがる」

 

 そこで、自分が犯した致命的なミスに気がついた。

 

「子供らしさも足りねぇ。この子は、噺の中身も碌にわからねぇはずだ。わからねぇなりに、周りの大人が笑うから、つられて笑っちまう。その、わからなさがない」

 

 あたしは、参考にした落語家を取り込んで役になった結果、役の〝幼さ〟を削ぎ落としていた。

 上手すぎて、孫娘の精神年齢と技術を超えてしまっていたのだ。

 

「俺と対等になろうってんなら弱音を吐くことなんて許されねぇぞ。お前さんが、いっぱしの役者ならな」

 

 悔しさより先に、体の奥がかっと熱くなっていた。

 この人は、あたしの芝居を一度で見抜いた。

 しかも、誰を参考にしたのかも当てて見せたのだ。

 

「……もう一度、お願いします」

 

 あたしは、即座に監督の元へ駆け寄って頭を下げた。

 

「いやぁ、よかったよ?」

「無茶を言ってるのは承知しています! ですが、どうかお願いします!」

「まあ、いいじゃねぇか、手木監督」

 

 ノリ気じゃない監督へ、千三郎さんが助け船を出してくれた。

 

「ここは俺の顔に免じて頼むわ」

「えー、千さんにそう言われちゃあしょうがないなぁ」

「ありがとうございます!」

 

 あたしは再び頭を下げる。

 

「おい、小娘。もうリテイクはいらねぇよな?」

 

 そんなあたしに千三郎さんはそんな言葉をかけてくれた。

 

「当然です」

「カァー! ナマいいやがって、可愛くねぇガキだ!」

 

 千三郎さんが、また高座に座る。

 あたしは袖に戻り、一度だけ目を閉じた。

 

 自分の中に作っていた役を手放す。

 必要なのは、落語ではなく大好きなおじいちゃんに興味がある少女。

 落語への興味はそのあとについてくる。

 

 必要なのは、ただ好きな人を真似て音を口から零すことだけ。

 大人が笑った瞬間に、一拍遅れて、きょろきょろと周りを見渡す。

 噺のオチは、半分もわからない。

 わからないけど、なんだか楽しくて、笑ってしまう。

 

「カット」

 

 監督の声が、今度は震えていた。

 

「……完璧だ」

 

 誰かが、拍手をした。

 それが波になって、スタジオ全体に広がっていく。

 千三郎さんは、高座から降りてきて、あたしの前にしゃがみ込んだ。

 目線が、同じ高さになる。

 

「小娘。お前さんは、バケモノだな」

「……ありがとうございます」

「褒めてるんじゃねぇ。心配してるんだ」

 

 千三郎さんはスッと目を細めた。

 

「一度言われただけで、これだけ直せる。教えたことを全部吸い込んで、自分の形に変えて返してくる。そんな才能を、一人で走らせたらどこかで潰れる」

 

 それから、あたしの目をまっすぐに見据える。

 

「俺が持ってるもんを、全部お前さんに教えてやる……興味、あるか?」

 

 この人の隣に立てば、あたしはもっと上へ行ける、と役者としての直感が告げていた。

 あたしは、役である灯の顔で、ニッコリと笑った。

 

「はい、お願いします、師匠!」

 

 千三郎さんの目が、一瞬だけ大きくなった。

 それから、くしゃりと崩れた。

 

「役に合わせやがったな。しかも、ちゃっかり師匠と来たか」

「ダメですか?」

「カァー! 勝手にしろってんだ」

「はい、師匠!」

 

 あたしは、あの日、最高の師匠に出会えた。

 

……………………

………………

…………

……

 

「もしもし、どうしたんですか優二さん? 珍しいですね」

『朝香ちゃん! 親父が倒れた!』

「……え?」

 

 自分の顔から血の気が引いたのがわかった。

 

「いつ? どこの病院?」

『ついさっき、家で倒れてたんだよ! また連絡する!』

 

 全てが順調に進んでいると思っていた。

 

「朝香?」

 

 それなのに、どうして。

 

「……師匠が、倒れた」

 

 こんなタイミングで、師匠が……。

 

「み゛」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

病弱貴族になった俺、治癒魔法をかけながら戦えばいいことが判明する(※血反吐付き)(作者:池崎)(オリジナル:ファンタジー/戦記)

突如として前世の記憶を思い出し、自身が病弱貴族になってしまったことを悟った主人公は、とある出来事をきっかけに──「治癒魔法をかけ続けたら戦えるのでは??」と気づき、おっさん治癒術師を巻き込んで修練に励む。▼その結果──確率で血反吐を吐きながら拳で戦うHENTAIスタイルになってしまう。▼「だ、大丈夫! すごく痛いけどすぐ治るから!!」▼


総合評価:3455/評価:8.26/連載:14話/更新日時:2026年08月12日(水) 12:39 小説情報

曇りゆく勇者へ捧ぐ闇堕ちの美学(旧:勇者に勝ちたいだけなのに、魔王の剣が闇堕ちした宿敵ムーブを強要してくるせいで周りが曇り始めた。)(作者:黒雪ゆきは)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

▼ ──少年は、勇者に勝ちたいだけだった。▼ 女神の祝福が女性にしか宿らないエウリア聖王国で、男は守られる存在とされている。▼ 少年ユリス・アステルは、そんな世界で、幼馴染であり勇者候補でもある少女アリアに何度敗れても剣を握り続けていた。▼ 守られる側で終わりたくない。▼ 一人の戦士として、勇者の前に立ちたい。▼ その願いに応えたのは──眠っていた魔王の剣だ…


総合評価:6375/評価:8.59/連載:20話/更新日時:2026年09月19日(土) 22:00 小説情報

ヤンデレに監禁されるわけwww(作者:むにゃ枕)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

ヤンデレから逃げようと思ってる。▼ヤンデレのみんなには悪いけど抜け駆けで▼ヤンデレは逃走とかされたことないから、びっくりするかもしれないけど、もう逃げたい気持ちを我慢できないから▼


総合評価:3912/評価:8.09/連載:15話/更新日時:2026年09月28日(月) 21:16 小説情報

そいつの開発者、俺なんだが(作者:束田せんたっき)(オリジナル:SF/コメディ)

なんか学生時代の黒歴史が、未来でディストピアの管理AIをやってたんですけど。国家ぐるみのストーキングやめてね。▼《真面目なあらすじ》▼高城之男へ一致せよ。▼タカギニアでは、すべての人間が、三百年前に死んだ偉人・高城之男とどれだけ似ているかで評価される。似ている者には栄光を、似ていない者には屈辱を。▼管理番号11-F-283-D503、平野平人。彼は一致度0.…


総合評価:8029/評価:8.26/完結:51話/更新日時:2026年10月11日(日) 19:15 小説情報

ロマン職は異世界から帰りたい(作者:庶民ザウルス三世)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

これが絶対浪漫の力だ!▼人は夢を見る。▼そして、効率よりも自分の“好き”を信じて、浪漫を追いかける者たちがいる。▼ソロ専、人見知り。▼だけど、クリティカルが決まった時の一撃だけは誰よりも重い。▼そんな趣味全開のロマン職キャラを愛した男は、課金帰りの事故をきっかけに、ゲームで使っていた女性キャラ――ラシア・ラ・シーラとして異世界で目を覚ます。▼しかも、レベルも…


総合評価:7221/評価:8.46/連載:231話/更新日時:2026年10月17日(土) 07:08 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>