その日はもう遅かったので、翌日病院に到着した俺と朝香は、受付で手続きをしてから千三郎さんのいる病室へと向かった。
「よお、朝香ちゃん、翼君。忙しいのに、悪ぃね」
病室へ向かう途中、千三郎さんの息子である優二さんに声をかけられた。
手に持っている炭酸飲料を見るに、飲み物を買いに行っていたらしい。
「優二さん。師匠は大丈夫なの?」
「ひとまず命に別状はないらしいぜ。ま、親父は簡単にくたばる玉じゃねぇからな」
朝香の肩から、ふっと力が抜けた。
優二さんの様子から察するに、今日明日にどうにかなってしまうわけでもないようだ。
命に別状はないことに安堵しながらも、別の不安が頭をもたげてくる。
「あの、このことって……」
「まだ世間には発表してない。まあ、タイミング的にも最悪だしな」
「ですよね……」
今、世間の一部は〝両賀千三郎が制作陳に圧をかけて推しを起用させた〟という疑惑を口にしている。
そこへ体調不良による休養が知れれば、どう受け取られるか。
疑惑から逃げた。
そう見られる未来が、はっきり想像できてしまう。
「……翼」
朝香が、小声で俺の名前を呼んだ。
同じことを考えているのが、顔を見ればわかった。
「公表はできないよな」
「ええ。でも、このままじゃ……」
言いかけて、朝香は口をつぐんだ。
息子である優二さんの前だ。
不安を口にするのは、酷だと思ったのだろう。
「気ぃ遣ってもらって悪ぃ。親父も歳だし、こういうこともあるだろうよ」
「いえ、そんな……ところで千三郎さんの奥さんは?」
「母さんは先生に呼び出されてたぞ」
挨拶しておこうと思ったのが、どうやら取り込み中だったみたいだ。
「ま、親父のことは心配すんなって。俺は暇だしちょくちょく様子を見にこれる……ははっ、そう年中暇な役者だからな……」
「傷つくなら言わなきゃいいのに……」
優二さんとは共演したことがあるが、口が裂けても芝居がうまいとは言えなかった。
朝香なんて優二さんと共演したときは、愚痴の量がすごいことになってたくらいである。
優二さんが芝居が下手なのに仕事をもらっているという状況も、千三郎さんの炎上が悪化した原因の一つである。
実際、彼が役をもらえるのは千三郎さんのコネではあるのだ。
俺はそれが悪いことだとは思わない。
使える武器は使った方がいいし、チャンスは待っているだけじゃ降ってこない。
問題があるとすれば、コネで掴んだチャンスを優二さんが活かせていないことだろうか。
病室の前で、優二さんは足を止めた。
「俺は外で待ってるわ。親父もバカ息子の見舞いなんざ嬉しくねぇだろうしな」
そう言って手をひらひらと振り、廊下の長椅子に腰を下ろす。
炭酸飲料のプルタブを開ける音が、やけに大きく響いた。