とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第208話 千両役者の息子

 その日はもう遅かったので、翌日病院に到着した俺と朝香は、受付で手続きをしてから千三郎さんのいる病室へと向かった。

 

「よお、朝香ちゃん、翼君。忙しいのに、悪ぃね」

 

 病室へ向かう途中、千三郎さんの息子である優二さんに声をかけられた。

 手に持っている炭酸飲料を見るに、飲み物を買いに行っていたらしい。

 

「優二さん。師匠は大丈夫なの?」

「ひとまず命に別状はないらしいぜ。ま、親父は簡単にくたばる玉じゃねぇからな」

 

 朝香の肩から、ふっと力が抜けた。

 優二さんの様子から察するに、今日明日にどうにかなってしまうわけでもないようだ。

 命に別状はないことに安堵しながらも、別の不安が頭をもたげてくる。

 

「あの、このことって……」

「まだ世間には発表してない。まあ、タイミング的にも最悪だしな」

「ですよね……」

 

 今、世間の一部は〝両賀千三郎が制作陳に圧をかけて推しを起用させた〟という疑惑を口にしている。

 そこへ体調不良による休養が知れれば、どう受け取られるか。

 

 疑惑から逃げた。

 そう見られる未来が、はっきり想像できてしまう。

 

「……翼」

 

 朝香が、小声で俺の名前を呼んだ。

 同じことを考えているのが、顔を見ればわかった。

 

「公表はできないよな」

「ええ。でも、このままじゃ……」

 

 言いかけて、朝香は口をつぐんだ。

 息子である優二さんの前だ。

 不安を口にするのは、酷だと思ったのだろう。

 

「気ぃ遣ってもらって悪ぃ。親父も歳だし、こういうこともあるだろうよ」

「いえ、そんな……ところで千三郎さんの奥さんは?」

「母さんは先生に呼び出されてたぞ」

 

 挨拶しておこうと思ったのが、どうやら取り込み中だったみたいだ。

 

「ま、親父のことは心配すんなって。俺は暇だしちょくちょく様子を見にこれる……ははっ、そう年中暇な役者だからな……」

「傷つくなら言わなきゃいいのに……」

 

 優二さんとは共演したことがあるが、口が裂けても芝居がうまいとは言えなかった。

 朝香なんて優二さんと共演したときは、愚痴の量がすごいことになってたくらいである。

 

 優二さんが芝居が下手なのに仕事をもらっているという状況も、千三郎さんの炎上が悪化した原因の一つである。

 

 実際、彼が役をもらえるのは千三郎さんのコネではあるのだ。

 俺はそれが悪いことだとは思わない。

 使える武器は使った方がいいし、チャンスは待っているだけじゃ降ってこない。

 

 問題があるとすれば、コネで掴んだチャンスを優二さんが活かせていないことだろうか。

 

 病室の前で、優二さんは足を止めた。

 

「俺は外で待ってるわ。親父もバカ息子の見舞いなんざ嬉しくねぇだろうしな」

 

 そう言って手をひらひらと振り、廊下の長椅子に腰を下ろす。

 炭酸飲料のプルタブを開ける音が、やけに大きく響いた。

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