とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第209話 おい、老いぼれ。その程度か?

 病室の扉をノックする。

 

「おう、入んな」

 

 返ってきた声は、思っていたよりずっと弱々しかった。

 扉を開けると、白い天井の下で、千三郎さんがベッドの背を少しだけ起こして座っていた。

 腕には点滴の管が繋がっている。

 病院着の肩幅が、いつもより一回り小さく見えた。

 

「師匠……」

「よお、朝香。翼もわざわざ悪ぃな。座んな」

 

 口調はいつも通りだ。

 けれど、声に腹の底から響くような張りがない。

 あの大樹のような存在感が、嘘のように薄れていた。

 

「具合は、どうなんですか」

「ああ、大したこたぁねぇ。ちょいと目眩がして、気づいたらここにいた。それだけの話だ」

 

 千三郎さんは、鼻で笑ってみせた。

 その笑いはすぐに途切れて、咳に変わった。

 朝香が、ぴくりと肩を震わせる。

 

「無理しないでください」

「無理なんざしてねぇよ。こうして寝てるだけなんだから、楽なもんだ」

 

 そう言いながらも、千三郎さんの視線は、枕元に置かれたスマホに向いていた。

 画面には、セミオートマタのセミブレード講座が映し出されている。

 

「……見てたんですね」

「何回もな。いい芝居だ」

 

 千三郎さんの目元が緩んだ。

 だが、すぐにその表情は曇った。

 

「だがよ、俺のせいで、あの子にもお前らにも、余計な迷惑をかけちまった……情けねぇな」

 

 それは、いつもの豪快な千三郎さんなら、絶対に口にしない言葉だった。

 病気そのものより、その一言のほうが、よほど堪えた。

 

「迷惑なんて」

「倒れたことは、まだ伏せてあるんだってな」

 

 千三郎さんは、天井を見上げたまま呟いた。

 

「このタイミングで俺が引っ込んだら、どう言われるか。そのくらい、俺にだってわかる。笑える話だよな。生涯現役を謳っておいて、肝心なときにこのザマだ」

「千三郎さん……」

「翼。もし、この件で作戦に支障が出るなら、遠慮なく切ってくれ。作品のほうが大事だ」

 

 その言葉に、俺は思わず息を呑んだ。

 作品を守るためなら、自分を切り捨てろと、この人は言っている。

 その程度じゃ、彼の事務所が傾かないからということもあるのだろう。

 

 隣で、朝香の拳が強く握られたのがわかった。

 爪が手のひらに食い込んでいる。

 彼女は、口を開こうとして、何度も言葉を飲み込んでいた。

 

「千三郎さん。今は休んでください。作戦のことは、俺たちが何とかします」

「……そうか」

 

 千三郎さんは、小さく頷いた。

 その頷き方が、あまりにも素直で、胸が痛くなった。

 

「悪ぃな、翼、朝香……」

「ゆっくり休んでください、師匠……いや、違う。そうじゃない」

 

 ゆっくり休んでほしい。

 その言葉は朝香の本心だったはずだ。

 

 でも、朝香は頭を振って深呼吸してから告げた。

 

「おい、老いぼれ。その程度か?」

 

 そして、とんでもない暴言を吐いた。

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