病室の扉をノックする。
「おう、入んな」
返ってきた声は、思っていたよりずっと弱々しかった。
扉を開けると、白い天井の下で、千三郎さんがベッドの背を少しだけ起こして座っていた。
腕には点滴の管が繋がっている。
病院着の肩幅が、いつもより一回り小さく見えた。
「師匠……」
「よお、朝香。翼もわざわざ悪ぃな。座んな」
口調はいつも通りだ。
けれど、声に腹の底から響くような張りがない。
あの大樹のような存在感が、嘘のように薄れていた。
「具合は、どうなんですか」
「ああ、大したこたぁねぇ。ちょいと目眩がして、気づいたらここにいた。それだけの話だ」
千三郎さんは、鼻で笑ってみせた。
その笑いはすぐに途切れて、咳に変わった。
朝香が、ぴくりと肩を震わせる。
「無理しないでください」
「無理なんざしてねぇよ。こうして寝てるだけなんだから、楽なもんだ」
そう言いながらも、千三郎さんの視線は、枕元に置かれたスマホに向いていた。
画面には、セミオートマタのセミブレード講座が映し出されている。
「……見てたんですね」
「何回もな。いい芝居だ」
千三郎さんの目元が緩んだ。
だが、すぐにその表情は曇った。
「だがよ、俺のせいで、あの子にもお前らにも、余計な迷惑をかけちまった……情けねぇな」
それは、いつもの豪快な千三郎さんなら、絶対に口にしない言葉だった。
病気そのものより、その一言のほうが、よほど堪えた。
「迷惑なんて」
「倒れたことは、まだ伏せてあるんだってな」
千三郎さんは、天井を見上げたまま呟いた。
「このタイミングで俺が引っ込んだら、どう言われるか。そのくらい、俺にだってわかる。笑える話だよな。生涯現役を謳っておいて、肝心なときにこのザマだ」
「千三郎さん……」
「翼。もし、この件で作戦に支障が出るなら、遠慮なく切ってくれ。作品のほうが大事だ」
その言葉に、俺は思わず息を呑んだ。
作品を守るためなら、自分を切り捨てろと、この人は言っている。
その程度じゃ、彼の事務所が傾かないからということもあるのだろう。
隣で、朝香の拳が強く握られたのがわかった。
爪が手のひらに食い込んでいる。
彼女は、口を開こうとして、何度も言葉を飲み込んでいた。
「千三郎さん。今は休んでください。作戦のことは、俺たちが何とかします」
「……そうか」
千三郎さんは、小さく頷いた。
その頷き方が、あまりにも素直で、胸が痛くなった。
「悪ぃな、翼、朝香……」
「ゆっくり休んでください、師匠……いや、違う。そうじゃない」
ゆっくり休んでほしい。
その言葉は朝香の本心だったはずだ。
でも、朝香は頭を振って深呼吸してから告げた。
「おい、老いぼれ。その程度か?」
そして、とんでもない暴言を吐いた。