劇場版セミブレード〝蒼空の紅剣シガラティ〟、ラストシーンのアフレコが行われる。
今日は全員が揃う、最後の収録日だ。
「じゃあ、通しでいきますね。ここが映画の大一番ですから、気合入れていきましょう」
音響監督の声に、全員が頷いた。
モニターには、映画のクライマックスが映っている。
日輪の祠の上空で、セミオートマタが光を纏って浮かんでいた。
民吾とムラセミは、その足元で傷だらけのまま構えていた。
「あ、ぐっ……! あああっ!」
最初に空気を裂いたのは、株地さんの声だった。
シガラティの力と感情を取り込みすぎたセミオートマタは、自分の中に流れ込む力に苦しんでいた。
「やめ、て……止まって……! わたしは、誰も、傷つけたくない……!」
ひび割れた声に、聞いているこっちの胸まで軋んだ。
「み゛……み゛ぃ……」
朝香が、シガラティの声を絞り出す。
力の大半を吸われた直後。
暴走は収まったが、力を吸い尽くされた疲労が滲んでいた。
喉を絞って音を細くし、息の量だけを削っているのだろう。
芝居の精度が高すぎて、こちらの背筋がぞくりとする。
朝香はシガラティの芝居を完全にものにしていた。
「シガラティ! しっかりしろ、シガラティ!」
はち切れそうな感情のまま叫ぶ。
戦う力が、今の凪世弥にはない。
できるのは、声をかけることだけ。
それがどうしようもなく、もどかしい。
「僕は、ここにいる! 君を置いていったりしない!」
「み゛み゛み゛……?」
シガラティが、ほんの少しだけ顔を上げた。
「ぐああっ! くる、しい……たす、けて……」
セミオートマタが、助けを求めている。
彼女もまたキャプテン・ゼアミの身勝手な振舞いの被害者だ。
助けなくてはいけない。
「まだだ、まだ終わってない!」
萌絵の声が、スタジオを震わせた。
民吾が、血の混じった唾を吐きながら立ち上がる。
空気の質が、一瞬で変わった。
地鳴りのような熱気が、押し寄せてくる。
それはブースの温度が上がったと錯覚するほどだった。
「ムラセミ! まだ、いけるよなァ!」
「ビビィ……ビッビィ!」
秋毫さんのムラセミが、ボロボロの翅を震わせて応える。
疲労も痛みも混じっているのに、不思議と声は萎れていなかった。
相棒の呼びかけに、ボロボロの身体で何度でも応える。
その健気さが、声だけで伝わってくる。
「オレは、絶対に諦めない……それが俺のセミブレー道だ! あんたもそうだろ!?」
萌絵の声が、一段階跳ね上がった。
アニメで何度も聞いたお約束のセリフだ。
「オレの隣には、いつだってお前がいる! ムラセミが、いるんだ!」
「ビビィィィッ!」
二つの声が重なる。
民吾とムラセミが、傷だらけのまま地面を蹴った。
その背中が、モニターの中で小さく、それでも真っ直ぐに、空へと伸びていく。
これが、声優・川越萌絵の最高到達点。
そして、これからも更新されていくのだ。
自分の芝居を、ちゃんと自分のものだと信じて、まっすぐに投げてくる。
これが純粋な実力じゃなくて何だと言うのだ。
「凪世弥、シガラティ!」
画面の中で、民吾がこちらを振り返る。
「お前らも諦めるな! まだ立てるだろ!?」
台本上、民吾の視線の先には、倒れかけた凪世弥とシガラティがいる。
その声は、台本の外にいる俺たちにも向いていた気がした。
「……っ!」
俺は、拳を握りしめるつもりで喉に力を込めた。
「ああ……そうだ。僕は、まだ立てる! まだ戦える!」
抑えていた熱が、胸の底から湧き上がってくる。
凪世弥は、鋼羽の里の守り人だ。
かつて無鉄砲だった少年が、世界を知り、大人になって、それでも手放さなかったものがある。
それは、〝一緒に旅をしよう〟という約束だった。
「シガラティ! 僕と一緒に、もう一度立ってくれ!」
守り人としてではない。
かつて約束をした一人の少年として、友達に呼びかける声だ。
「君と、僕の約束だ! 一緒に、世界を見に行くんだろう!」
喉の奥で、感情がはじけた。
声が、自分でも驚くほど、真っ直ぐに伸びた。
メソッド・オブ・フィジカルアクションの起点を、身体の内側に置いたまま、感情だけを外に放つ。
「み゛……ん……」
朝香の鳴き声が、わずかに色を変えた。
それまでの擦り切れた響きとは違う。
絶望の底で炎が灯ったような音だった。
「み゛ぃ……ん……っ!」
朝香は、人差し指を唇に添えていた。
震えの奥から、確かな意志が立ち上がってくる。
「み゛、ん……み゛ぃぃ……!」
音が、少しずつ太くなっていく。
息を吸うたびに、喉の奥の芯が、硬く、鋭く、研ぎ澄まされていく。
セミの震えを削いで、ブレードの直線的な響きを足していく。
生々しさと鋭さが、一本の音の中に溶け合っていた。
「み゛ん!」
シガラティの内側から、光が溢れ出す。
モニターの中で、黄金の装甲に細い亀裂が走っていく。
ピシ、ピシ、と音を立てて、光が溢れ出す。
モニターの中で、閃光が画面を白く染めた。
黄金の装甲が、音を立てて砕け散っていく。
そして、朝香が喉を解放した。
「み゛ぃぃぃぃぃん!」
人間の喉から出ているとは思えない、それでいて、確かに感情を持った音だった。
スタジオの空気が、ビリビリと震える。
モニターの中で、シガラティの背に真紅の翼が広がっていく。
燃えるような赤が、青空を切り裂くように伸びた。
これが、〝蒼空の紅剣〟の本当の姿だ。