とにかく曇る天才女優の幼馴染!   作:サニキ リオ

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第211話 蒼空の紅剣

 劇場版セミブレード〝蒼空の紅剣シガラティ〟、ラストシーンのアフレコが行われる。

 今日は全員が揃う、最後の収録日だ。

 

「じゃあ、通しでいきますね。ここが映画の大一番ですから、気合入れていきましょう」

 

 音響監督の声に、全員が頷いた。

 モニターには、映画のクライマックスが映っている。

 日輪の祠の上空で、セミオートマタが光を纏って浮かんでいた。

 民吾とムラセミは、その足元で傷だらけのまま構えていた。

 

「あ、ぐっ……! あああっ!」

 

 最初に空気を裂いたのは、株地さんの声だった。

 シガラティの力と感情を取り込みすぎたセミオートマタは、自分の中に流れ込む力に苦しんでいた。

 

「やめ、て……止まって……! わたしは、誰も、傷つけたくない……!」

 

 ひび割れた声に、聞いているこっちの胸まで軋んだ。

 

「み゛……み゛ぃ……」

 

 朝香が、シガラティの声を絞り出す。

 力の大半を吸われた直後。

 暴走は収まったが、力を吸い尽くされた疲労が滲んでいた。

 

 喉を絞って音を細くし、息の量だけを削っているのだろう。

 芝居の精度が高すぎて、こちらの背筋がぞくりとする。

 朝香はシガラティの芝居を完全にものにしていた。

 

「シガラティ! しっかりしろ、シガラティ!」

 

 はち切れそうな感情のまま叫ぶ。

 戦う力が、今の凪世弥にはない。

 できるのは、声をかけることだけ。

 それがどうしようもなく、もどかしい。

 

「僕は、ここにいる! 君を置いていったりしない!」

「み゛み゛み゛……?」

 

 シガラティが、ほんの少しだけ顔を上げた。

 

「ぐああっ! くる、しい……たす、けて……」

 

 セミオートマタが、助けを求めている。

 彼女もまたキャプテン・ゼアミの身勝手な振舞いの被害者だ。

 助けなくてはいけない。

 

「まだだ、まだ終わってない!」

 

 萌絵の声が、スタジオを震わせた。

 民吾が、血の混じった唾を吐きながら立ち上がる。

 

 空気の質が、一瞬で変わった。

 地鳴りのような熱気が、押し寄せてくる。

 それはブースの温度が上がったと錯覚するほどだった。

 

「ムラセミ! まだ、いけるよなァ!」

「ビビィ……ビッビィ!」

 

 秋毫さんのムラセミが、ボロボロの翅を震わせて応える。

 疲労も痛みも混じっているのに、不思議と声は萎れていなかった。

 相棒の呼びかけに、ボロボロの身体で何度でも応える。

 その健気さが、声だけで伝わってくる。

 

「オレは、絶対に諦めない……それが俺のセミブレー道だ! あんたもそうだろ!?」

 

 萌絵の声が、一段階跳ね上がった。

 アニメで何度も聞いたお約束のセリフだ。

 

「オレの隣には、いつだってお前がいる! ムラセミが、いるんだ!」

「ビビィィィッ!」

 

 二つの声が重なる。

 民吾とムラセミが、傷だらけのまま地面を蹴った。

 その背中が、モニターの中で小さく、それでも真っ直ぐに、空へと伸びていく。

 これが、声優・川越萌絵の最高到達点。

 

 そして、これからも更新されていくのだ。

 

 自分の芝居を、ちゃんと自分のものだと信じて、まっすぐに投げてくる。

 これが純粋な実力じゃなくて何だと言うのだ。

 

「凪世弥、シガラティ!」

 

 画面の中で、民吾がこちらを振り返る。

 

「お前らも諦めるな! まだ立てるだろ!?」

 

 台本上、民吾の視線の先には、倒れかけた凪世弥とシガラティがいる。

 その声は、台本の外にいる俺たちにも向いていた気がした。

 

「……っ!」

 

 俺は、拳を握りしめるつもりで喉に力を込めた。

 

「ああ……そうだ。僕は、まだ立てる! まだ戦える!」

 

 抑えていた熱が、胸の底から湧き上がってくる。

 凪世弥は、鋼羽の里の守り人だ。

 かつて無鉄砲だった少年が、世界を知り、大人になって、それでも手放さなかったものがある。

 

 それは、〝一緒に旅をしよう〟という約束だった。

 

「シガラティ! 僕と一緒に、もう一度立ってくれ!」

 

 守り人としてではない。

 かつて約束をした一人の少年として、友達に呼びかける声だ。

 

「君と、僕の約束だ! 一緒に、世界を見に行くんだろう!」

 

 喉の奥で、感情がはじけた。

 声が、自分でも驚くほど、真っ直ぐに伸びた。

 メソッド・オブ・フィジカルアクションの起点を、身体の内側に置いたまま、感情だけを外に放つ。

 

「み゛……ん……」

 

 朝香の鳴き声が、わずかに色を変えた。

 それまでの擦り切れた響きとは違う。

 絶望の底で炎が灯ったような音だった。

 

「み゛ぃ……ん……っ!」

 

 朝香は、人差し指を唇に添えていた。

 震えの奥から、確かな意志が立ち上がってくる。

 

「み゛、ん……み゛ぃぃ……!」

 

 音が、少しずつ太くなっていく。

 息を吸うたびに、喉の奥の芯が、硬く、鋭く、研ぎ澄まされていく。

 セミの震えを削いで、ブレードの直線的な響きを足していく。

 生々しさと鋭さが、一本の音の中に溶け合っていた。

 

「み゛ん!」

 

 シガラティの内側から、光が溢れ出す。

 モニターの中で、黄金の装甲に細い亀裂が走っていく。

 ピシ、ピシ、と音を立てて、光が溢れ出す。

 

 モニターの中で、閃光が画面を白く染めた。

 黄金の装甲が、音を立てて砕け散っていく。

 そして、朝香が喉を解放した。

 

「み゛ぃぃぃぃぃん!」

 

 人間の喉から出ているとは思えない、それでいて、確かに感情を持った音だった。

 スタジオの空気が、ビリビリと震える。

 モニターの中で、シガラティの背に真紅の翼が広がっていく。

 燃えるような赤が、青空を切り裂くように伸びた。

 

 これが、〝蒼空の紅剣〟の本当の姿だ。

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