劇場版セミブレード〝蒼空の紅剣シガラティ〟完成披露試写会。
会場は、有楽町の国際フォーラムで行われた。
ステージ脇のモニターには、特報映像が繰り返し流れている。
客席には一般招待のファンだけでなく、記者席や関係者席も用意されていた。
まだ公開は先のことだが、ここでの成功がこの作品の今後を決める。
袖で出番を待つあいだ、俺は何度も同じ方向を振り返っていた。
壁際の椅子には、和服に身を包んだ千三郎さんが座っている。
その腕には、点滴の管が繋がったままだ。
「翼。顔に出てるわよ」
隣で台本を折りたたんだ朝香が、小声で言った。
「さすがに、こればっかりはな」
「情けないわね、そんな顔してたら師匠に鼻で笑われるわよ」
朝香もな、という言葉は飲み込んだ。
医師からの許可は、ギリギリのところで下りた。
「千三郎さん、無理だと思ったらすぐ手を挙げてください」
「俺を誰だと思ってやがる」
「今はただの病人ですよ」
「違ぇよ――俺ァ、役者だ」
千三郎さんは不敵な笑みを浮かべると立ち上がった。
その足取りは思ったより軽いように見えた。
『それでは、本作のキャストの皆様の登場です! 盛大な拍手でお迎えください!』
司会の声に合わせて、舞台挨拶が始まる。
地鳴りのような拍手の中、俺たちはステージへ出た。
客席の最前列には、報道陣のカメラがずらりと並んでいる。
『宇津瀬民吾役、川越萌絵さん。ムラセミ役、秋毫乃々未さん』
まず、民吾役の萌絵とムラセミ役の秋毫さんが呼ばれた。
「宇津瀬民吾役の川越萌絵です……みんな、今日はよろしく! 楽しんでくれよな!」
「はーい、ムラセミ役の秋毫乃々未です……ビビビィ!」
ゲスト声優の俺と朝香も続けて呼ばれる。
「長那凪世弥役、伽須翼さん。シガラティ役、羽田朝香さん」
「皆様、こんにちは。ご紹介に預かりました長那凪世弥役、伽須翼です……国際フォーラムへようこそ」
「どうも皆さん、こんにちはー! シガラティ役の羽田朝香です……み゛み゛み゛ん!」
萌絵たちに倣って台本にないセリフを、キャラに合わせて観客へ向けた言葉として告げる。
こういう舞台の場慣れに関しては、朝香や萌絵の方が圧倒的に上だということを実感させられる。
「セミオートマタ役、株地由羽さん」
ステージ脇に設置された大型モニターに、Live2Dの姿の株地さんが映し出される。
『ごきげんよう、皆様。セミオートマタ役の株地由羽ですわ……コマンド実行……皆様を歓迎いたします』
バーチャルの存在であることと、セミオートマタの役との親和性は高く、会場に来ていた子供たちの反応も悪くなかった。
「そして最後に、キャプテン・ゼアミ役――」
司会が、ほんの少しだけ言葉を詰まらせた。
彼女も事情を知っているのだろう。
「っ、両賀千三郎さんです!」
拍手が起きかけて、途中で揺らいだ。
ステージの袖から現れた千三郎さんの傍らに、点滴スタンドが見えたからだ。
キャスターの転がる小さな音だけが、静まった会場に響く。
ざわざわと空気が波打った。
千三郎さんは、その中をゆっくりと歩いてきた。
背筋は伸びているが、歩幅はいつもより小さい。
それから足を止めると、千三郎さんは深々と頭を下げた。
「えー、本日はご来場いただき、誠にありがとうございます。キャプテン・ゼアミ役の両賀千三郎でございます」
腹の底から出ているはずの声には、わずかな掠れが混じっていた。
「このような見苦しい姿で、失礼いたします」
会場が完全に静まり返り、誰かが息を呑む音まで聞こえてきた。
ここで空気が重くなりすぎれば、〝悲劇〟になってしまう。
だから、ここは空気の緩和が必要だ。
「あ、ちなみになんですけど」
全員の視線が俺に集まる。
「僕らは止めたんですよ? ちゃんと止めたんです。それなのに、千三郎さんったら〝這ってでも行く〟って言って聞かなくて……」
わざとらしく肩を竦めて続けた。
「本当に千三郎さんって頑固なんですよ」
「バカ野郎、翼。俺ァ役者だぞ? そこに舞台があったら死んでも上がるんだよ」
「いや、師匠。マジでしっかり休んでくださいね?」
朝香も乗っかるように深いため息をついた。
ちなみに、千三郎さんはこの舞台挨拶が終われば休養へ入る予定らしい。
そこで体調の具合についても取材を受けることになっているとのことだ。
ここまでは予定通り。
あとは、千三郎さんが乗り越えてくれさえすれば問題ない。
その後も、作品や各キャラの魅力について語ったり、監督からの言葉があったりなどして、舞台挨拶は恙なく進んだ。
司会がマイクを握り直す。
『それでは、最後に――』
「何が役者だ! 推しと繋がるために圧力かけたんだろ!」
客席の中ほどから、男の声が響いた。