第220話 次のステージへ
ナイトプロの会議室に、所属タレントが全員集められていた。
所属タレントといっても、俺と朝香以外のモデル部門の人たちは学校を卒業するのと同時に引退してしまったから現在は二人だけである。
騎志社長がホワイトボードの前に立つ。
いつもの柔らかい笑みだが、今日はどこか気合が入っていた。
「集まってくれてありがとう。今日は、ナイトプロの今後について話そうと思う」
わざわざ全員集合ということは、それなりに大きな話なのだろう。
「まず、劇団クロッカスと本格的に業務提携を結ぶことになった」
「クロッカスって、あたしたちの古巣じゃない」
隣の朝香が、腕を組んで眉を上げる。
「朝香や翼君たちの活躍で、クロッカスは今や注目の的だ。入団希望者が増え、有望な子役も続々と集まっているらしい」
俺たち黄金世代は、思わぬところで古巣に恩返しできていたらしい。
まあ、俺たちはただ必死に走っていただけなのだが。
「ただ、子役事務所には宿命的な課題がある。成長したタレントに、仕事を持ってくるのが難しいんんだ」
その言葉は、身に染みていた。
子役から大人の役者への移行は、この業界の鬼門だ。
一発屋として消えた俺は、その見本のような存在である。
「そこで、クロッカスで育ったタレントがナイトプロへ移籍し、次のステージへ上がる。その流れを作りたいんだ」
「なるほど。クロッカス出身の俺たちがいるから、ストーリー性もある。しかも、役者としての基礎が出来上がった人材も確保できるわけですね」
「さすが翼君、話が早い」
社長が嬉しそうに頷く。
事務所としても、俺たちの経歴は商品になるということだ。
「その新体制の第一号として、今日から新しい仲間が加わります。どうぞ」
扉が開いた瞬間、見覚えのある顔が飛び込んできた。
「お久しぶりです! 小山内心芦です!」
「心芦ちゃん!?」
思わず立ち上がってしまった。
ドラマ〝西遊記〟で共演した、あの心芦だった。
子供の成長は早いもので、あのときよりも背が伸びている。
それでも、パッと咲くような笑顔は変わっていなかった。
「西遊記以来ね。一年も経ってないのに、大きくなったじゃない」
「朝香先輩もお元気そうで! 翼先輩も、お久しぶりです!」
「久しぶり。まだこの業界に残ることになってくれて嬉しいよ」
「そりゃ、お二人に脳を焼かれましたからね」
三人で盛り上がっていると、あの過酷な現場の記憶が蘇ってくる。
滝に落ちたり、ルナが炎上したり、大変なことも多かったが、それも今となっては懐かしい思い出だ。
心芦なら、演技力も知名度も申し分ない。
新体制の試金石として、これ以上ない人選だろう。
「それと、もう一人。両賀芸能事務所から移籍してきた方を紹介します」
社長の視線が、会議室の末席に向く。
そこに座っていたのは、灰瀬優二さんだった。
「……ども」
優二さんは座ったまま、片手を軽く上げただけだった。
会議室の空気が、わずかに冷える。
朝香と目が合った。
何かを言いたそうな顔をしていたが首を振る。
優二さんがふてくされている理由は、だいたい察しがついた。
よりにもよって父親の事務所から、別の事務所へ移ることになったのだ。
見捨てられた、と受け取っていても不思議ではなかった。
「あと、もう一つ。残念なお知らせがあります」
社長の声が、少しだけ沈んだ。
「二人共知ってると思うけど、モデル部門の学生モデルが、卒業と同時に全員引退した」
ただでさえ少数精鋭の事務所だ。
一部門がまるごと空になれば、売り上げへの影響は小さくない。
「それで、モデル部門は新しい人材の発掘を急ぐ」
とはいっても、そうそういい人材が見つかるとも思えない。
これは、この事務所にとって今後の課題になりそうだ。
ちらりと末席を見ると、優二さんはうつむいて爪を弄っていた。
会議が解散になって、俺は朝香と並んで廊下を歩いていた。
「優二さん、ずいぶん荒れてたわね」
「そりゃ荒れるだろ。父親が倒れて、炎上に巻き込まれて、事務所まで移されたんだから」
「あたしの前であの態度はいい度胸だわ。稽古でシバきましょう」
「やめとけ。多分、心が折れて二度と来なくなる」
朝香に本気で稽古をつけられたら、簡単に心が折れる。
ましてや、今の優二さんでは持たないだろう。
「あっ、いたいた。先輩方ー」
後ろから、元気な声が追いかけてきた。
振り向くと、心芦が小走りで駆け寄ってくる。
「改めまして、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ。業務提携の第一号だから、頼りにしてるよ」
「任せてください。演技なら二人にも負けない自信がありますから」
胸を張る姿に、頼もしさを感じた。
そのとき、心芦の視線が俺と朝香の間を行ったり来たりした。
大きな目が、すうっと細くなる。
「ところで……朝香先輩、ちょっと」
「何よ、改まって」
朝香はそのまま事務所の廊下へと連れ出されていった。
「み゛」
そして、絶命寸前のセミのような声が聞こえてくるのであった。