あたしの名前は羽田朝香。
最近やたらとセミ呼ばわりようになった天才女優だ。
……思うところがないわけではないが、これもまた役の幅が広がったと思えば今後の糧になるだろう。
そんなあたしの女優としてのイメージが変わりつつある中、所属事務所のナイトプロも改革に乗り出していた。
古巣である劇団クロッカスとの業務提携には、あたしも大賛成だった。
何よりも心芦が役者を辞めなかった。
そのことが何よりも嬉しかった。
心芦から廊下へ呼び出されたあたしは、正直舞い上がっていた。
「役者続けられることになって嬉しいわ」
「まあ、お母さんの説得は大変でしたけどね」
心芦は子供っぽくないニヒルな笑みを浮かべる。
「その辺はうまくやりましたよ。芝居の技術総動員して本物の感情をぶつけて芝居がやりたいって号泣してやれば、こっちのもんです」
「玩具売り場の子供じゃないんだから」
でも、心芦にとっての芝居とは、年頃の子供にとっての玩具以上の価値がある。
それがしっかり伝わったのだろう。
「業務提携とはいえ、こっちに来てよかったの? あなたは、まだ子役の仕事あるでしょ」
「子役芝居が完全に抜けきってるからプロデュースしてもらうならナイトプロの方がいいって判断ですよ。それに看板子役なら候補がいますし」
「将来有望な子が来たみたいね」
「ええ、なのでアタシは次のステップに進ませてもらうことにしました」
心芦の芝居は子供らしい子供も演じられるだけで、他の役ができないわけではない。
事務所の都合で武器を封じられるくらいなら、ナイトプロに来て幅広い仕事をもらった方がいいということだろう。
「そっちこそ、最近は天才女優のイメージ崩しにかかってるみたいですけど、計算ですか?」
「……結果オーライってやつよ」
「あっ、大体察しました」
心芦は憐れみの目を向けてくる。
くっ、あたしだって好きでセミになってるわけじゃないのに!
「何事も芝居の糧。大事なのはこれからどうするかよ」
「わーお、前向きー」
ぺちぺちと可愛らしい拍手をすると、心芦は表情を引き締めた。
「それより、あの二世俳優大丈夫なの?」
「あー……」
目下最大の課題である優二さんの今後は、心芦も気にしていたようだった。
「せっかく、次代の天才のアタシがきて劇団クロッカスもナイトプロも注目されているのに、あんなの入れるのリスクじゃない?」
「ナイト兄さんもその辺はわかってると思うけど、師匠たってのお願いだもの」
まったく、ナイト兄さんも人がいいんだから。
優二さんは悪い人じゃないけど、俳優としては三流もいいところである。
あの人のせいで何度リテイクになったことか……なんか思い出したら腹が立ってきた。
「はぁ……優二さんもいろいろとしんどかったのは、あたしもわかってるんだけどね」
彼はずっと日本一の俳優、両賀千三郎の息子として生きてきた。
背負わされた看板はあまりにも重い。
勝手に期待され、用意されるハードルはあまりにも高い。
昔のあたしなら、そんなの関係ない、役者なら上がったハードルを楽しめと思っていただろう。
だけど、最近人の心に触れることが多かったからか、彼が腐っていく気持ちも理解できるようになった。
「まあ、舐めた態度続けるようなら容赦なく根性叩き直すけど」
「さっすが、羽田朝香ー!」
何が楽しいのか、心芦は年相応のクソガキらしい笑みを浮かべた。
「でも、あんまり灰瀬優二ばっかり気にしてちゃダメですよ?」
「どういう意味よ」
「だって、翼先輩と一番近くにいる癖に、未だに何の進展もないんでしょ? 本当、恋愛はクソ雑魚ですよねぇ」
「うっさいわね。いろいろあるのよ」
そりゃ翼との関係を進めたい気持ちはあるけど、次々に現場でのトラブルが降りかかってきて、それどころじゃなかった。
「もたもたしてるようならアタシが隣のポジションもらっちゃいますからね?」
「ハッ、笑わせないで」
翼はロリコンではない。
少なくとも、心芦なんて相手にもされないだろう。
「ちなみに、決まってる次のドラマはヒロインがアタシで、主人公は翼先輩ですよ?」
「え?」
「見た目が小学生みたいな高校生で、最初はブランディング的に朝香先輩にオファーがかかる予定だったのに、原作者がイメージと違うってキレてアタシになったんです。この意味がわかりますか?」
心芦は、ニマァと嫌らしい笑みを浮かべる。
「ごめんなさ~い。アタシがあなたの役食っちゃった☆」
「み゛」