事務所の体制が変わるとはいえ、入っている仕事に大きな変化があるわけもない。
CM撮影や雑誌の撮影、ラジオ収録、ドラマ撮影、映画の番宣、バラエティー番組への出演。
仕事があるのは、ありがたいことである。
子役時代のことを思えば、より一層感謝の気持ちも強くなる。
「はぁ……なんで俺がこんなこと……」
現在、俺は優二さんの運転する車でCMの撮影現場へ向かっていた。
移籍してきた優二さんに言い渡された仕事は、俺、朝香、心芦の付き人をローテーションで行うことだった。
これは騎志社長による指示である。
人の良さそうなイケメンの風体でいて、あの人も結構容赦ない。
「ありがとうございます、優二さん」
「わざわざ礼なんて言わなくていいって。今の俺にはこんな雑用しかできないんだし……」
不貞腐れながらも、ハンドルを握る手つきは驚くほど滑らかだった。
信号で止まるときも、ブレーキの踏み込みを感じさせない。
おかげで、車内での台本チェックもリラックスしてできる。
「運転、うまいんですね」
「あ? ああ、運転シーンあるかもしれねぇし、車のCMだってもらえるかもしれないだろ。あと、ロケ地に自分で向かえれば、小回りが利いて重宝されるかもしない。まあ、そんなチャンスはなかったけどな……ははっ」
最後に自虐を挟んだものの、その志は俳優として大変立派なものだった。
自信はないし、すぐ不貞腐れるけど、努力家ではあるようだ。
「ようやく活躍の場が巡ってきましたね」
「それが付き人って、俳優としてどうなんだよ」
「俺に長所をアピールできるのは結構なアドですよ? こう見えて、顔は広い方なんです」
「嫌ってほど知ってる」
助手席で台本をめくっていると、優二さんがちらりとこちらを見た。
「今日のCM、冷凍餃子で井田さんと親子役だっけか」
「ええ、井田さんとの掛け合いって、心地いいから楽しみなんですよね」
俺が俳優として復帰してから共演率が高い人といえば、井田さんである。
特に今回のCMは、過去に親子役を演じたということもあって、関係値を利用したマーケティングだろう。
まあ、西遊記で牛魔王を父さん呼びしたNGシーンが大賞を獲ってしまったことも影響しているのだろうが。
「翼君。芝居のとき、メソッド・オブ・フィジカルアクションを使ってるだろ」
優二さんがちらりとこちらを見た。
「西遊記のとき、如意棒の扱いで感情の起点を作ってた。手の握りってより、親指の付け根の圧の入れ方で切り替えてなかったか?」
「えっ」
思わず、台本から顔を上げた。
「戦闘シーンと、仲間を庇うシーンで、握り方が微妙に違ってた。同じ棒でも、前者は攻撃の意志、後者は守りの意志って感じでさ。あれ、どうやって身に着けたんだ」
「……そこまで見てたんですか」
「俳優で西遊記チェックしてない奴はモグリだろ」
意外である。
てっきり、千三郎さんの看板を背負わされて同情で舞い込んでくる仕事を適当にやってるだけだと思っていたからだ。
「子役時代はテクニカル・アクティング一本しかできなかったんですけど、復帰のときにメソッド演技のコツを掴みまして」
「あー……プライベートAIの特別ドラマでも、メソッド演技メインだったもんな」
そこまでわかるのかよ。
「メソッド演技で悟空を演ると、役に飲まれちゃうので身に着けたって感じですね」
「カァー……やっぱ、天才は違うわ。現場で演じる中で芝居を進化させるなんて俺には出来そうもねぇや」
天才。その言葉を使う人間は山ほどいる。
その誰にも共通している感情は、諦観だ。
「優二さんって、演技論にものすごく詳しいんですね」
俺や朝香も使っていく内に覚えただけで、最初の頃はメソッド演技とかその手の用語は知らなかった。
「そりゃ、物心ついた頃から親父の現場に通ってたからな。知識だけなら、そこらの役者には負けねぇよ」
あっけらかんとした口調だった。
それが虚勢ではないことは、今の考察の精度が証明している。
「優二さんは、どうして俳優になったんですか?」
「親父が日本一の俳優だったから。ガキの頃から散々周りに親父の真似させられてな。息子はヘタクソっていじめられたもんだ」
「なんか、すみません」
「いいよ。下手なのは今も変わらねぇしな」
自分で言って、自分で笑っている。
その笑いの奥には、寂しさが混じっていた気がした。
「なら、どうして俳優を続けているんですか」
「……どうして、だろうな」
少しでも、この人の俳優としての芯が見られればいいと思ったが、そう簡単には見えてこなかった。
やがて車は、撮影スタジオの駐車場の入口に差しかかった。
「着いたぜ。先に降りて、スタジオの方に行っててくれ。俺は車停めてくるから」
「運転、ありがとうございました」
車を降りて、ドアを閉める。
優二さんは軽く手を上げると、車をゆっくりと発進させた。
駐車場の奥へ向かって走っていく車が、スムーズに空きスペースへ吸い込まれていく。
「あんなに知識があるのに、芝居は下手なんだよなぁ……」
事務所の今後に貢献するためにも、優二さんを売り出す手伝いはしたい。
俳優は、横の繋がりや現場での信頼が大切だ。俺が優二さんを紹介するということは、信頼を失うことに繋がる。
だから、今のままの優二さんを紹介するわけにはいかなかった。