俺の名前は灰瀬優二。
日本一の俳優・両賀千三郎の息子の二世俳優だ。
車を駐車場の隅に停める。
「……よし、行くか」
鞄を肩にかけて、スタジオの入口へ向かう。
入口をくぐると、廊下の先に翼君の後ろ姿が見えた。
スタッフらしき人に囲まれているようだ。
足を止め、離れたところから様子を窺う。
「おはようございます、伽須翼です。本日はよろしくお願いします」
「翼君、おはよう! 今日も頼むね」
「木戸さん! おはようございます。先日のプライベートAIの撮影ではお世話になりました。あの逆光の入れ方、すごく助かりました」
「えっ、覚えててくれたの?」
「もちろんです。おかげで、芝居が映えました」
照明の兄ちゃんが、照れくさそうに頭を掻いている。
翼君はそのまま、機材を運んでいたスタッフにも、スタイリストにも、ADにも、一人ずつ頭を下げて回っていた。
必ず相手の名前を呼び、前に会った現場の話を軽く挟んでいる。
売れっ子が、こんなに腰を低くしている。
俺が知っているこの業界の売れっ子は、もっとふんぞり返っていた。
親父だって現場の人間には気さくだが、それは〝大物の余裕〟だ。
翼君のこれは、まるで違う。
「あっ、そうだ。せっかくなので、紹介させてください」
翼が、こちらを振り返って目が合う。
見られていたのがバレて、思わず背筋が伸びた。
「こちら、今日から付き人で入ってもらってる灰瀬優二さんです。うちの事務所の新戦力ですよ」
一斉に、視線が集まる。
大御所俳優である両賀千三郎のボンクラ息子。
コネでしか役をもらえない芝居の下手な二世俳優。
いつものやつだ。
覚悟して、腹に力を入れた。
「……灰瀬優二です。よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしくお願いします」
「翼君、忙しいから付き人大変ですよー?」
「あらヤダ、結構イケメン……」
拍子抜けするほど、普通の反応だった。
「そうそう、優二さんね。運転めっちゃうまいんですよ!」
空気は、一ミリも変わらない。
翼君は、俺が一番言われたくない前置きを一切挟まなかった。
一緒に働く仲間として、俺を紹介してくれた。
「乗り心地がめっちゃよかったんで、台本チェックもはかどっちゃいましたよ」
「へぇ、そりゃ頼もしい」
この現場で、俺は何者でもない灰瀬優二として立っている。
翼君は、こちらを見てニヤリと笑った。
ゾクリと背筋に悪寒が走る。
俺も原因のひとつだった劇場版セミブレードの炎上。
舞台挨拶に現れた不審者を言葉で制し、空気を完全にエンタメへ塗り替えたの翼君だ。
一体、どれだけ周りが見えているというのだろうか。
俺も含め、みんな彼の掌の上なんじゃないだろうか。
何が孫悟空だ、やってることお釈迦様じゃねぇか。なんて思ってしまった。
というか……君、もしかして子役時代からこんなことしてたのか?