その日の撮影が終わった頃だった。
監督とプロデューサーが、心芦さんを囲んで談笑していた。
俺は離れたところで、荷物を抱えて待機している。
「それでね、監督さん」
心芦さんが、上目遣いで監督の袖を引いた。
「私、優二さんとお芝居したいなぁ」
「えっ?」
「優二さん、いつもあたしのお世話してくれるから、俳優のお仕事あんまりできなくて……一緒に出てほしいんです。ダメ、ですか?」
きゅるん、という効果音が聞こえそうな瞳だった。
監督とプロデューサーが顔を見合わせる。
「いやぁ、でもなぁ……」
「大きな役じゃなくていいんです。ほんのちょっとでいいんです、ね? お願いします!」
両手を合わせて、ぺこりと頭を下げる。
大人たちが、揃ってうっと言葉に詰まった。
「まあ、第六話に、ちょうどいい役がありますよ。まだ役者も決まってないですし」
「千三郎さんの息子さんなら、話題にもなるし、」
「やったぁ! ありがとうございます!」
心芦さんが飛び跳ねて喜ぶ。
その陰で、俺にだけ見える角度に顔が向いた。
口の端が、ニヤリと吊り上がっている。
「あー、灰瀬優二君? 心芦ちゃんの頼みだし、やってもらえる?」
「是非、お願いします! ありがとうございます!」
俺は心芦さんのおかげで役をもらうことができた。
控室に戻った途端、心芦さんはソファーに座ってふんぞり返った。
「どう? 子供の可愛い我が儘なら、多少はゴリ押せるでしょ?」
ドヤ顔だった。
今日だけで、この小さな背中に、どれだけ助けられたのだろう。
「……本当にありがとうございます、心芦さん」
素直に頭が下がった。
「でも、本当に良かったんですか? 俺みたいな大根役者をごり押ししたら、心炉さんや事務所の評判が悪くなるんじゃ……」
「はあぁぁぁ~……」
心芦さんは、それはそれは深いため息をついた。
「あんたまさか、ずっと下手なままでいる気?」
「えっ、だって、そんなにすぐ、芝居はうまくならないっていうか……」
「感謝の気持ちがあるなら、役で返しなさい」
煮え切らない俺の言葉を、心炉さんはピシャリと断ち切った。
「できるできないじゃない。仕事を受けた以上、やるしかないの。幸い、うちの事務所はバケモノ揃いだよ」
まるで悪役のような笑みを浮かべると、心芦さんは続けた。
「あんたにできるのは、惨めに地べたを這いつくばって、年下の天才たちの価値ある時間を自分のために割かせてくださいってお願いすることだけ。安心なさい、あの二人はどんなに忙しくても時間を作ってくれる。もちろん、アタシもね」
「どうして、そこまでしてくれるんですか」
「簡単な話だよ。あんたの役は、反谷優芽衣の演じるアタシの姉に粘着するストーカー。元カノなんでしょ? 未練タラタラそうだったし、その感情は使えると思ったの」
「なっ」
つまり、この人は俺と優芽衣がすれ違ったときやり取りだけで、ここまでの絵図を描いたことになる。
「周囲に配慮するのなんて当たり前。そのうえで、どれだけ身勝手に振舞えるかが大事なの」
「身勝手に……」
思えば、翼君も朝香ちゃんも周囲への配慮は欠かさないが、それ以上に現場をしっちゃかめっちゃかにかき回すようなことばかりしてきた。
それでも、彼らの評価は鰻登り。苦労しているはずの現場のスタッフからも、悪い話は聞かない。
「全ては作品のため、か」
「おっ、わかってんじゃん。花丸つけたげる」
心芦さんは、そう言って俺の掌を指でなぞった。
「気張りな、ユージ。あなたは収録まで地獄を見ることになるから」
「地獄って……」
「羽田朝香、伽須翼、小山内心芦が値千金の時間を削ってまで鍛えるの。死んだ方がマシな経験になることは保証する」
それは、自分の可能性を自分で潰す、どうしようもない俺への死刑宣告だった。
まだ十一歳とは思えない、その姿が俺にはどうしようもなく眩しかった。
「( ᐛ)カァ」